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私が訪れた名所旧跡です。

ケイタイやスマホのカメラで撮影したものもありますので画質があまりよくありません。
私の限られた感性での写真ですので、たいした作品でもありません。
自分自身の作品を、自分のために整理したものです。
静岡県  下田・爪木崎4 玉泉寺・ハリスの小道
 玉泉寺公式サイト パンフレット 関連記事(秘) 
 【 注 】 「(秘)」は個人用資料 

「花咲く岬と恋する灯台」
 下田から車で15分のところにある爪木崎は、水仙と椿の季節が最高です。

■ アクセス

 爪木崎へは、伊豆急下田駅からバスで20分弱程でつきます。ただしバスの便数が少ないので、時刻表などで確認しておくと良いでしょう。駅前の東海バス営業所で往復券を購入すると割引を得られます。

 宿泊ホテルが下田以外の伊豆急沿線駅からの場合には、セット券(駅により値段が異なる)が、割引になっていてい便利です。また、東海バスの半日ツアーを利用する方法も便利です。


下田・爪木崎 ハリスの小径 

 米国総領事として下田に来航した「タウンゼント・ハリス」が散歩道としたことから名付けられた遊歩道です。

 玉泉寺から、爪木崎方向に、徒歩10分程のところにあります。入口に石碑がありますので、見落とさないでしょう。

 石畳が敷かれ歩きやすく整備されていますが、おそらく当時は小径に草が生えているようなところだったのではないでしょうか。入り江となっていて、ヨットなどの小舟が係留されています。

 北を見ると寝姿山が見え、静かで眺めの良い小径に心を癒やされます。ジョギングをする人や自転車で散策する人などにもあいました。下田港に並ぶ船が真っ赤に染まる夕暮れ時の眺めの美しさは格別だということです。

 300mほど行ったところに吉田松陰の「至誠通天」の石碑があり、さらにその先には、松蔭が黒船でアメリカに連れて行くようペリーに頼んだのですが、拒否され、追い戻された「松蔭上陸の場」というのがあります。



ハリスのレリーフが組み込まれた石

小径は、ここから1km弱続いています



下田湾から入った入り江には
海賊船の形をした遊覧船も入って来ます



入り江に浮かぶ小島
その手前に一列に並ぶ岩は、桟橋の跡でしょうか。



小島の向こうにはヨット、
さらにその先には寝姿山の裏側(下田市内と逆)が見えます。



小径には椿も見られますが、花には少々時期が早すぎるのでしょうか

下田・爪木崎 寝姿山と「至誠通天」


寝姿山とヨット

寝姿山は女性の仰向けの寝姿に似ているところからの愛称で、
正式には「武山万蔵山」といいます。
山頂近くまでロープウェイがあり、そこからは
下田市街に下田港、伊豆七島そして美しい山並みの天城連山を
一望できます。
伊豆急下田駅より徒歩1分で下田ロープウェイ乗場に行けますが
私が訪れたとき(2019年1月)には、
改修のためにサービスが停止していました。



吉田松陰の「至誠通天」碑

「至誠にして動かざるものは未だこれあらざるなり」で知られる
松蔭の言葉を端的に表現しています。
黒船への乗船拒否をされた地でもあります。



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吉田松陰の「至誠通天」

■ 吉田松陰

 よしだしょういん
 文政13年(1830年)8月4日(西曆9月20日)、長州萩城下松本村(現:山口県萩市)に生誕

 安政6年10月27日(1859年11月21日)、伝馬町牢屋敷にて死刑が執行された。享年30(満29歳没)

長州藩士、思想家、教育者で、山鹿流兵学師範でもあります。明治維新の精神的指導者・理論者・倒幕論者として知られています。私塾「松下村塾」で、後の明治維新で重要な働きをする多くの若者に思想的影響を与えた人です。


 幕末の志士吉田松陰は、海外事情を学ぶため、鎖国の禁を犯し、密航することを決意しました。

 長崎に来航したロシア船への便乗を佐久間象山に薦められ急行しましたが間に合わいませんでした。翌嘉永7年(1854)3月、来航したペリー艦隊の後を追って、弟子金子重輔と下田へ来ました。

 機をうかがい、夜中に下田市柿崎より小舟でペリー艦隊ポーハタン号に漕ぎ着け、渡米を懇請しましたが、ペリーに拒絶されてしまいました。

 壮図むなしく破れた松蔭等は、潔く自首し、拘禁された場所が、下田市宝光院長命寺(廃寺)でした。

 さらに平滑の獄に移され、同年4月11日は、江戸伝馬町の獄に送られました。

 松蔭等が、下田に滞在した期間は、24日の短いものであり、また海外渡航は失敗に終わりましたが、その行動は幕末開港の歴史に欠くことのできない重要な一ページを刻むものであり、後に与えた影響は大きかったといえます。(【Wikipedia】および下田市史蹟紹介立て看板をもとに作成)




至誠通天碑前のベンチからの寝姿山



寝姿山の頭の部分

この角度からは形は顔には見えませんね
黒船型の遊覧船も見えます



ハリスの小径の椿の根元に咲くユリ

下田・爪木崎 玉泉寺 


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  安政元年に締結された下田追加条約によってアメリカの休息所となりました。寺域内には墓地も設けられました。

 同三年八月アメリカ総領事タウンゼント・ハリスは、下田に上陸してこの寺を住居とし、始めて領事旗を掲げ、以後総領事館となりました。

 本堂はハリスの居室、ヒュースケンの居室及び事務室があって当時の規模をよく伝えています。幕末外交史上重要な史跡で、国指定史跡となっています。

 日露和親条約の交渉の場にもなり、開国の歴史を彩る貴重な寺歴があります。

 本堂の北側にアメリカ人の墓地、南側にロシア人の墓地があります。

【アクセス】

<徒歩> 伊豆急下田駅から25分
<バス> 須崎・爪木崎行き「柿崎神社前」下車 徒歩2分

 下田市柿崎31-6 TEL/FAX 0558-22-1287



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県道から標識に沿ってはいると
すぐに「玉泉寺」の看板が見えます



大きなビャクシンの木でしょうか
門の右に立っています。



階段の十余段上に山門が立っています。
両サイドに石柱が立っています。



左の石柱には「アメリカ領事館」という
文字が刻まれています。

安政3年(1856年)タウンゼント・ハリス総領事は、
通訳官ヒュースケンを伴い、
米艦サンジャシント号で下田に着任しました。



右の石柱には「露艦ディアナ号」の文字が刻まれ、
亡くなった水兵の墓所であることが解ります。

日露和親条約の交渉の場でもあり、
ロシア、ディアナ号高官の滞在や、
ドイツ商人ルドルフの約半年に及ぶ滞在等々、
開国の歴史を彩る貴重な寺歴があります



山門には「瑞竜山」の文字が彫られています

下田・爪木崎 玉泉寺 本堂 


山門を入ると正面が本堂です。


 曹洞宗瑞龍山玉泉寺は、天正以前は真言宗の草庵でした。

 天正の初め(1580年代)開山一嶺俊栄和尚の来錫によって曹洞宗に改宗され、400年の歴史を有する古刹です。



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本堂


 この本堂は、天保六年(1835年)、当寺十九世大陵道眉大和尚の発願により、嘉永元年(1848年)、翠岩眉毛大和尚の代に現在の地に上棟落慶されました。

 その六年後、嘉永7年(1854年)に、黒船の下田来航により、日本開国史上の表舞台として登場しました。



本堂内部



本堂内陣

下田・爪木崎 玉泉寺 本堂前庭 


山門直ぐ左手の案内



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上記のクローズアップ



本堂の梵鐘



本堂に向かって左手の青銅仏



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青銅仏台座



本堂に向かって右手のレリーフ



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牛乳発祥の地の碑



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牛乳発祥の地の碑



アメリカ総領事の旗がここに掲揚されていました



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下田・爪木崎 玉泉寺 ハリス記念館 


ハリス記念館

本堂を左手に見て庭を進むと記念館があります。(有料)


 ハリス記念館には、タウンゼント・ハリスが領事館当時愛用していた遺品や関連資料、古文書等が多数展示してあります。

 柿崎村名主 浜田与平冶の日記は、領事館当時の出来事を正確に伺い知ることが出来る資料として展示されています。

 また、黒船来航時、下田港において海外渡航をを試みた吉田松陰の遺品や、ヒュースケンに仕えたおふくの遺品、ロシア・ディアナ号将校モジャイスキー撮影の日本最古の銀板写真、など、貴重な資料が展示されています。

 内部は撮影できませんので、上記の説明だけではなく、公式サイトをご覧下さい。



案内掲示板の写真

黒船来航時、下田港において海外渡航をを試みた吉田松陰の遺品や、ヒュースケンに仕えたおふくの遺品、ロシア・ディアナ号将校モジャイスキー撮影の日本最古の銀板写真、など、貴重な資料が展示されています。



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ハリス記念館入口右手にある日時計



ハリス記念館

右手奥が露乗員の墓地



ハリス記念館横の石仏



露船員墓地への道の両側に祀られています

下田・爪木崎 玉泉寺 米露乗員の墓地 


ディアナ号乗員三名の墓


 黒船(ペリー艦隊)の乗員5名の墓地とディアナ号乗員3名、アスコルド号乗員1名の墓地があります。



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露船員墓地の近くの椿



まだたくさんのつぼみを持っていました



露船員墓地前から見た寝姿山


 
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