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私のサイトへの訪問をありがとうございます。

へたの横好きで撮った写真をここにまとめておくことにより、必要なときに見やすいようにと考え、単なる思いつきで着手しました。

他人様に見ていただくというより、自分の作品を整理するためのページです。

銀閣寺 2
http://www.shokoku-ji.jp/g_about.html 

 銀閣寺は、正式名称を東山慈照寺といいます。金閣寺と同様に、相国寺の塔頭寺院の一つです。銀閣寺の名の由来は江戸時代、金閣寺に対し、銀閣寺と称せられることとなったといわれています。

 室町幕府八代将軍の足利義政によって造営されたことはよく知られています。山荘東山殿を起原とし、。延徳2年(1490年)足利義政の菩提を弔うため、臨済宗の寺院となり義政の法号慈照院にちなんで慈照寺と名付けられました。

 政治家としてはあまり評価は高くはない義政ですが、自らの美意識を投影し、東山文化の真髄としての簡素枯淡の美を映しだし、、隠棲のための一大山荘として作り上げました。
 義政存命中と変わらぬ姿をとどめるものは現在では銀閣と東求堂のみで、方丈や銀沙灘、向月台などの庭園が整備されたのは近世以降です。(相国寺派公式サイトを元に作成)

銀閣寺 銀沙灘

 本堂(方丈)の前には二つの砂盛があります。その一つが銀沙灘(ぎんしゃだん)であり、他方が向月台(こうげつだい)です。

 背後にあります月待山に昇る月を見るためのものです。大海原とみて、そこに光を映すとも言われています。



向月台(こうげつだい)

富士山を模した向月台
エジプトのピラミッドより傾斜がきついのに崩れないのは、
砂を硬くしているからだそうです。


向月台脇から銀沙灘を見る。
本堂と東求堂が見えます。


銀沙灘

本堂脇から錦鏡池方向を望む
右手が銀閣寺、左手が本堂


錦鏡池から銀沙灘越しに本堂(右)と庫裏(左)を見る


銀沙灘を俯瞰的に見る
宝処関の窓が雰囲気を醸し出しています。


本堂前から、銀沙灘と向月台越しに銀閣寺を望む
右手は、宝処関


宝処関花頭窓の窓越しに銀沙灘を見る
銀閣寺 錦鏡池

義政公の東山文化に欠かせないのが庭園です。
その庭園につきものなのが「錦鏡池」です。
ファインダーに池を入れると、
それだけで絵になってしまいます。
池を飾る松の剪定では、
池に葉が落ちて、それが広がると見苦しくなります。
それを防ぐために、池に防護壁を浮かべ、
手入れが終わるとそこだけを綺麗にすれば済むように
心を込めた作業がなされていました。
錦鏡池には、7つの石橋と4つの浮き石があります。



宝処関をくぐると正面に錦鏡池が迎えてくれます。
池には北斗石が、自分を主張しています。
北斗星が宇宙を飾る代表的な星座であることから
この位置に置かれているのでしょうか。


左に東求堂、後に銀沙灘、右に銀閣寺を見る位置から
錦鏡池を臨む


錦鏡池の北半分全体を臨む


錦鏡池の北半分は、
銀閣寺を映す南半分の池とを
橋で繋いでいます。


錦鏡池の東側には
池を代表する大内石が鎮座しています。
その向こう側には東求堂があります。


東求堂の縁側から錦鏡池を臨む
銀閣寺 庭園
 
夢窓国師の作庭による西芳寺(苔寺)に倣った庭園は、
地泉回遊式庭園で、ここがその発祥の地と言われています。
「四方正面の庭」
すなわちどの角度からも観賞できる構成で
何処を見ても絵になります。



西芳寺をもしただけあり
苔は何処も綺麗です。


紅葉にはしばし早めでしたが、
モミジは処々にあります。


池だけではなく、庭石が処々に配されて、
苔庭にアクセントを付けています。


水の豊かな錦鏡池からのせせらぎに
質素の石橋が架かっていました。
竹の手すりが風情を高めています。


お茶の井から月待山に向かう途中
奥深まったところに
弁財天の祠(ほこら)がありました。



変わった形で苔が迎えてくれました。



樹齢500年という「千代の槇」という松が、
銀閣寺の歴史を裏付けてくれています。


樹齢500年という千代の槇は
錦鏡池と洗月泉との間に、
堂々と立っていました。

銀閣寺 見落とせぬスポット

どうしても建物や池などに目が奪われがちで
見落としてしまうスポットもあります。
その一つが、お茶の井ではないでしょうか。



錦鏡池から月待山に向かい途中に
義政公が茶会のための水をとったという
お茶の井があります。
その途中、何の変哲もないような景色が
シャッターを切らせてくれました。


お茶の井
当時も、この程度の水量なのだったのでしょうか。
月待山からのわき水がサラサラと流れていました。



銀閣寺で数少ない竹林への小道
その先でお茶を振る舞ってくれていました。


銀閣というおせんべいと
銀沙灘という干菓子がついたお茶は
一服の価値があります。

 
 
 
 
 
 
 
 
 
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京都 2013年10月 スナップ
 
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