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 経営者・管理職 & 経営コンサルタント情報

■ これを知っているとあなたを診る目が違う ■


四字熟語経営

 
 四字熟語というのは、漢字4文字で構成された熟語で、中国の故事などに基づくことが多々あります。それを経営コンサルタント歴40年余の目で見るといずれも経営に直結する示唆の多いことに気がつきました。


  『新明解四字熟語辞典』(三省堂 1998年)では、凡例で以下のように漢字四字熟語を6つに分類しています。

  1. 現代社会 - 官官接待、総量規制など
  2. 日本の成句 - 手前味噌、手練手管など(「てまえみそ」「てれんてくだ」のように音読みしないものが多い)
  3. 中国典籍 - 臥薪嘗胆、櫛風沐雨など
  4. 仏教語 - 色即是空、四苦八苦など
  5. 之入り - 背水之陣、一炊之夢など(通常は「背水の陣」「一炊の夢」と表記する)
  6. 訓読語 - 灯火可親、先従隗始など(通常は「灯火親しむべし」「先づ隗より始めよ」と訓読される)
 
  以心伝心  いしんでんしん  拈華微笑 − I love you.
  一視同仁  いっしどうじん 仁義と日本経営士協会の基準
意馬心猿  いばしんえん  マズローの欲求五段階説 
  羽化登仙  うかとうせん 羽化登仙とマズロー
  郢書燕説  えいしょえんぜつ  謙虚さを忘れない 
岡目八目  おかめはちもく コンサルティングの必要性
  屋上架屋  おくじょうかおく ムリ・ムダ・ムラ
  槐門棘路  かいもんきょくろ 人の上に立つ重み
  下学上達  かがくじょうたつ  経営コンサルタントの自己研鑽
  合従連横  がっしょうれんおう 経営の高度化に立ち向かう − 合従連衡類語
  合従連衡  がっしょうれんこう 経営の高度化に立ち向かう − 合従連横類語
  瓜田之靴  かでんのくつ 瓜田李下 − ネオンのホテル街を相合い傘で
  瓜田李下  かでんりか ネオンのホテル街を相合い傘で
  画竜点睛  がりょうてんせい 気配り
換骨奪胎 かんこつだったい まねぶ 
韓信匍匐 かんしんほふく 仲間内の恥は将来のため
起死回生 きしかいせい 手遅れになる前に企業の健康診断
矯角殺牛 きょうかくさつぎゅう 全体最適
  教外別伝  きょうげべつでん  拈華微笑 − I love you.
  尭風舜雨  ぎょうふうしゅんう 鼓腹撃壌 − ある女性社長に学ぶ
  機略縦横  きりゃくじゅうおう 経営理論は有効か?
  緊褌一番  きんこんいちばん カレーのフランチャイズチェーン
  愚者一得  ぐしゃいっとく 他者が愚かに見える
  君子三楽  くんしさんらく 経営コンサルタント業界の更なる発展を願う
  経世済民  けいせいさいみん  経営者の力
軽諾寡信 けいだくかしん 身の丈を超えた仕事の依頼
  口耳之学  こうじのがく 偽コンサルタントに注意
  鼓腹撃壌  こふくげきじょう ある女性社長に学ぶ
  孤立無援  こりつむえん 一人では限界がある
  自家撞着  じかどうちゃく 矛盾撞着 − 上司の矛盾撞着
  死中求活  しちゅうきゅかつ  背水の陣を敷く企業
  実事求是  じつじきゅうぜ  ウラを取る
  実践躬行  じっせんきゅうこう 高い目標の実現行動
  寸善尺魔  すんぜんしゃくま 想定外と負け犬
  是非曲直  ぜひきょくちょく  理非曲直−コンプライアンス
  是非善悪  ぜひぜんあく  理非善悪−コンプライアンス
  千慮一失  せんりょいっしつ 愚者一得の類語−熟慮してもミスは起こる
  千慮一得  せんりょいっとく 愚者一得−他者が愚かに見える
  糟糠之妻  そうこうのつま 独立起業のポイント − 糟粕之妻
  糟粕之妻  そうはくのつま 糟糠之妻 − 独立起業のポイント
  知行合一  ちこうごういつ 知識と実践
  愚者一得  ぐしゃいっとく 他者が愚かに見える
  天下布武  てんかふぶ  経営者は自省せよ
  東奔西走  とうほんせいそう 南船北馬 − 点から線に仕事が繋がる
  二律背反  にりつはいはん 矛盾を楽しむ
  南船北馬  なんせんほくば 点から線に仕事が繋がる
  拈華微笑  ねんげみしょう  I love you.
  博引旁証  はくいんぼうしょう フィリップ・コトラーの功績
  博学多才  はくがくたさい コンサルタントの知識修得
  博覧強記  はくらんきょうき 経営は心でする
  抜本塞源  ばっぽんそくげん 問題解決と原因除去
  盤根錯節  ばんこんさくせつ 難問解決の喜び
  飛耳長目  ひじちょうもく アンテナ感度
  矛盾撞着  むじゅんどうちゃく 上司の矛盾撞着
  冥冥之志  めいめいのこころざし 今後注目のお薦めの資格
  名誉挽回  めいよばんかい 面目一新 − 日本語の難しさ
  名論卓説  めいろんたくせつ きれいな日本語を使う
  面目一新  めんもくいっしん 日本語の難しさ
  面目躍如  めんもくやくじょ 面目一新 − 日本語の難しさ
  薬籠中物  やくろうちゅうのもの ブレインを持つと経営者・管理職は強い
  夜郎自大  やろうじだい  経営コンサルタントと謙虚さ
  洛陽紙価  らくようのしか ベストセラー
  李下之冠  りかのかんむり 瓜田李下 − ネオンのホテル街を相合い傘で
  六韜三略  りくとうさんりゃく 伝家の宝刀
  理非曲直  りひきょくちょく  コンプライアンス
  良禽択木  りょうきんたくぼく  経営者の率先垂範
  名言金言  めいげんきんげん 日本の名言、世界の名言、金言、格言、箴言、ことわざ
 
【 注 】 標準漢字コード表に含まれない文字が一部含まれていてます。
     正しく表示されない場合がありましたらご容赦ください。 
 .
 
     .
  四字熟語は、経営に大きな示唆を与えてくれます。
経営コンサルタントの視点で、思いつくまま、感じるまま
皆様のご参考になればと時間を作っては追記して参ります。

 
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   口耳之学 (こうじのがく)  
 
偽コンサルタントにご注意

 世の中には、知ったかぶりをする人がいます。東日本大震災・福島原発問題で、「ヨードが被爆防止になるから、沃素の入ったうがい薬を飲むといい」という情報がインターネット上を駆け巡ったということは、まだ記憶の新しい人もいるでしょう。

 この情報の出所を辿っていくと、専門家の話を伝聞として紹介したことに対して尾ひれが付いて、いつの間にかこのような誤った情報に変質してしまったという報道がなされました。

 社員研修に「伝言ゲーム」という訓練法があります。講師が最初の情報を一番目の受講者に伝えます。受講者は、次の受講者にその内容を伝えます。そして、最終受講者にどのように伝わったのかを確認します。はじめの人と最後の人と似ないようの隔たりがあることを受講者に理解させ、情報の伝わり火の問題を意識させるのがこの社員研修ゲームの目的です。

 テレビ映画の刑事物語などで「現場百遍」という言葉がしばしば出てきます。これは経営コンサルタントにも当てはまります。

 経営コンサルタントは、経営現場の状況把握のためにヒアリングをしたり、インターネットを利用して情報収集をしたりします。その時に、入手した情報を鵜呑みにしてしまって、実はそれが事実と反していることがしばしばあります。

 経営コンサルタントは、ヒアリングをするのは必要ですが、その裏を取ることも必要です。現場百遍、現場に足を運んで、自分の五感を使い、第六感を働かせながら現状を正しく判断して行くことが大切です。

 因みに、口耳之学というのは、「耳から入ってきたことをもとに口から出て来る学問」の意で、「聞きかじりの学問、受け売りの学問は底が浅い」という戒めです。人の話を鵜呑みにしてはなりません。

 コンサルタントの中には、自分と相手の情報差を利用して、自分の持っている情報を難しく話すことでコンサルティングができると考えている人がいます。クライアントである経営者・管理職を見くびってはいけません。知識の切り売りをするだけでは、すぐにぼろが出てしまいます。

 経験に基づき、知識と知恵を持って、現状に即したコンサルティングをしていけるコンサルタントが「ホンモノ」のコンサルタントなのです。
 
 
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   起死回生 (きしかいせい)  
 
手遅れになる前に企業の健康診断

 起死回生は、回生起死とも起死再生ともいい、いまにも死にそうな人を生き返らせることです。

 私たち、経営士・コンサルタントは、平素はあまり見向きもされないのですが、いざ、手形が落ちない、とか、大手企業からの契約を打ち切られそうだ、といった事態に陥ったときに、駆け込み寺として利用されることがしばしばあります。

 しかし、手遅れのことが多いのです。

 病人でも企業でも、重大な局面に陥ってしまうと手の打ちようがないことがあります。人間だと、早期検査、早期発見、早期治療ということの重要性が認識されて来ていますが、企業が健康診断を受けたり、コンサルティング依頼をしたりすることはほとんどありません。

 経営が安定しているときに、企業が健康診断を受けることをお薦めします。企業がうまくいっているからといって安心していると、人間ドックにはいったときにガンが発見されるように、企業が病にかかっていることがしばしばあります。

 「手形が落ちない。絶体絶命!!」という状況になる前に手を打っていると、大過なくその状況を回避することができることがしばしばあります。そのために、企業も「かかりつけ医」すなわち経営士・コンサルタントを顧問として持つべきなのです。

 また、われわれが人間ドックに入るように、年に1〜2回は最低でも健康診断を受けましょう。健康診断の方法はいろいろありますが、その代表的なのが「ビジネスドック」です。ビジネスドックは、プロの経営士・コンサルタントから受けるのが普通ですが、その手法を習得すると自分達だけでも実施することができます。

 企業の健康診断だけではなく、経営戦略を見直したり、問題解決をしたり、経営理念を再構築したりと、用途は広く、効果が大きいのが特徴です。幹部研修や管理職研修を受講すれば、その手法を社内で利用できるようになり、目的に応じてビジネスドックを実施できます。

 企業経営者・管理職とお話しているとしばしば「うちは顧問税理士がいるから経営士・コンサルタントのお世話にならなくても大丈夫です」ということを聞きます。税理士の先生の中には有能な先生もいますので、そのような顧問の先生がいる企業では経営士・コンサルタントは不要かも知れません。

 しかし、一口に経営士・コンサルタントといっても、専門分野がいろいろとあります。脳の病気の時に、内科の先生に手術をしてもらうよりは、脳外科の先生の手術を選ぶでしょう。士業も同じで、「餅は餅屋」なのです。

 「経営士・コンサルタントの顧問料は高い」と思い込んでいる人が多いですが、「投資対効果」を考えると決して顧問料は高くはありません。「家庭医」「かかりつけ医」を持つように気軽に経営士・コンサルタントをビジネスブレインの一人として受け入れましょう。

 「起死回生」
 倒産しかけている、絶望的な絶体絶命の状態から立ち直ることは、奇跡に近いことを知っておくべきではないでしょうか。
企業の
健康診断
 
 
 企業の健康診断には、いろいろな手法があります。企業診断とか経営診断と言われることが多いです。
  経営コンサルタントによって独自の手法を持っているのが一般的です。
 よく知られている手法としてクリティカル・シンキングがあります。
 代表的な手法の一つとしてビジネスドックという手法があります。
 
ビジネスドック  
無料簡易診断  
 
企業の健康診断 ビジネスドック
 
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    屋上架屋 (おくじょうかおく)  
 
ムリ・ムダ・ムラ

 
「架」は、音読みで「か」ですが、訓読みすると「かける」とか「かかる」となります。「架橋」というと橋を架けることです。

 音読みからも「架」の意味はすぐにわかりますね。「かける」という意味の他に「棚」という意味もあります。

「屋上架屋」というのは、「屋根の上に屋根を架ける」ということから重複して、ムダのあること、無意味なことを繰り返す、という意味となります。

 われわれ経営士・コンサルタントが、製造現場を見るときに「ムリ・ムダ・ムラ」という「3ム」を基本として企業を診ることが多いのです。

 ムダの例として、包装のオーバースペックがあります。お菓子を例にみてみましょう。個別包装をして、その上に中袋を入れ、外箱をつけるということがあまりにもあたり前になってしまっています。一度に全部を食べきれないことがあるので、個別包装されていると大変便利です。個別包装は、日本のように湿気の多い島国では、湿気や酸化防止の役割も果たしているので、それなりの役割があります。また、外見的には量がたくさんあるようにも見えます。

 欧米でクッキーを買ったことのある人はご存知でしょうが、個別包装をされていることはあまりありません。中袋に入れて、外箱や外袋で店頭に並べられています。酷い場合には、中袋も省略されていて、外袋に直接入れられていることがあるほどです。しかし、それでも充分に役割を果たしていればそれでもよい場合が多いでしょう。

 東日本大震災で茨城県の農家を支援しようと、東京で茨城野菜の産地直売をしました。泥のついたまま、大きさもばらついたまま、形もそのまま、という販売方法を取りましたが、大変な人気であったというニュース放映がありました。

 省けるところは、その気になってみればたくさん見つかるはずです。企業内から「ムダ」をなくしただけでも利益率を改善することができるかも知れません。原価が下がって、売価に反映させたり、宣伝広告をしたりして売上高を伸ばすことができるかも知れません。

 身の回りでムダを見つけると、省エネになったりして、計画停電という不便を囲わなくても済むでしょう。「もったいない」という言葉が海外でも使われるようになったと聞いています。むしろ日本人の方がもったいないことをしていることが多いのかも知れませんね。
 
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   名論卓説 (めいろんたくせつ)  
 
きれいな日本語を使う

 名論卓説は、高論卓説ともいいます。見識の高い優れた意見や議論のことです。

 テレビを見ていると、解説者とか、評論家とかいうような人達がすばらしい意見を出していますが、これはまさに名論卓説といえます。

 ある番組で日本語の乱れについての話題の中で、「ら抜き言葉」が遡上にのぼっていました。ら抜き言葉は、「見れる」というように、本来は「見られる」という表現から「ら」という文字が脱落した表現のことです。

 ある出演者が「西日本では昔から“ら”抜き表現が普通であるので、許されるべき表現です」と主張。別の出演者である、ある大学院の教授は「今日は日本語の揺らぎの時代に入っているので、このような表現があってもおかしくありません」という意見を出していました。

 まさに名論卓説といえる場面なのかも知れませんが、国語学者といわれる立場の人が、国文法があり、それに反する表現であるにもかかわらず、若者に迎合するだけのような肯定一辺倒な意見に失望しました。

 私は仕事柄、社員研修の講師を依頼されることがしばしばあります。その一環で、コミュニケーションについての研修は依頼されることが多いテーマの一つです。私自身は日本語について高い見識を持っているわけではないですが、日本語について話をすることが時々あります。

 言葉は、相手の受取方次第では、よい感じを与えないことがあります。例えば、日本語にうるさい経営者を相手に、営業パーソンがら抜き言葉を使ったとしたらどうでしょうか。あまり気にしない人もいるでしょうが、「日本語を乱すような営業パーソンから商品は買えない」ということに繋がることもあり得ます。

 現実に、私の顧問先の営業パーソンが、上述のようにお得意先から敬遠されたことがあります。研修の場では、これを例にとって「ら抜き言葉は、西日本では昔から使われているところもあったりするので、気にしなくてもよいのかも知れません。しかし、このような事例もあるので、相手によってはら抜き言葉を避ける方が良いのではないでしょうか」というようにしています。

 名論卓説からだいぶ脱線してしまいましたが、一見して名論卓説のように見える場面でも、見方を変えると頭を傾げたくなるようなことが結構ありますね。
 
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   緊褌一番 (きんこんいちばん)  
 
カレーのCoCo壱番屋

「褌」は、「ふんどし」のことで「下帯」とも言います。「緊」は緊張というような熟語を構成しますが、「差し迫る」「引き締める」という意味です。従って「緊褌」というのは「褌を引き締める」ということです。

「一番」は「ここ一番」などという言い方があるように、ここではそのものずばりです。すなわち「緊褌一番」は「気持ちを引き締めて、何かに挑戦する」というような時に使われます。

「ここ一番」というと「CoCo壱番」を連想する人も多いのではないでしょうか。CoCo壱番屋は、本社が愛知県にある株式会社壱番屋が運営する日本のカレー専門店チェーンの最大手です。しかし、ハウス食品の関連会社であることは意外と知られていません。

フランチャイズ展開をしていますが、日本各地だけではなく海外展開にも積極的です。中国での成功例がテレビでも放映されたことをご記憶の方もいるでしょう。

もちろん店名の「CoCo壱番」というのは「カレーならココ一番や!」から来ていることは容易に推測できます。

その成功要因は、何でしょうか?

カレーの辛さは、人により好みがちがいます。カレーの量やご飯の量も選択でき、トッピングも選べるため、カレーという単品でありながら30種類以上の定番メニューがあり、期間限定で特別メニューが提供されることもあります。

見つけやすいカレーを連想させる看板と店舗立地、入りやすい店舗レイアウトなども上記の特徴を側面支援しています。

身近なお店にも、ちょっとして工夫を見つけることができ、それをヒントにしている人も多いのではないでしょうか。
 
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   糟糠之妻 (そうこうのつま)  
 
経営コンサルタント独立起業のポイント

「糟糠」の「糟」は酒糟のことです。酒糟とは、清酒の醸造過程において、米と麹でできたもろみを絞ると、液体が酒のもととなり、固体として残ったものをいいます。酒糟は奈良漬けや西京漬けなどに使われたり、蒸溜すると米焼酎ともなったります。

「糠」は、玄米を精白するときにできます。脂肪質やタンパク質にとむことから食用油を作ったりします。漬け物に用いたり、肥料や家畜の飼料になったりもします。

糟糠之妻というのは、酒糟や米糠を手に入れることすら難しい粗食生活を経て、一緒に苦労を重ねてきた妻という意味です。

後漢書によると後漢の光武帝が自分の姉を家臣の宋弘に嫁がせようとしたときに、宋弘が辞退しました。その時に「糟糠之妻は堂より下げさず」という言葉を使ったそうです。苦労をともに重ねた妻とは、成功して私財が豊かになってからも離縁はできないことから拒否を暗に伝えたようです。

糟糠之妻という言葉は、われわれ経営コンサルタントにも示唆を与えてくれています。経営コンサルタントとして独立起業するときに、最も重要なことの一つとして「家族の理解」を挙げたいと思います。とりわけ、「ベターハーフ」と英語で言うように人生のパートナーである奥さんの心の支援は最大の見方と言えます。時には、経理業務を手伝い、時には電話番として活躍してくれると、独立起業時代の一人の力が数倍にもなるように思えることがあります。


後顧の憂いがないということは、経営コンサルタントとして充分に力を発揮できることに繋がります。逆に、家庭不和があると、コンサルティング業務の足を引っ張ることになります。夫婦げんかをしたままクライアント・顧問先の元に行くと、自分は自制しているつもりでも、それが雰囲気として出てしまいかねません。

これから経営コンサルタントとして、士業として独立起業される人の奥様に是非お贈りしたい言葉の一つが「糟糠之妻」という言葉です。
 
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   天下布武 (てんかふぶ)  
 
経営者は天下布武の視点で自省してはどうでしょうか

「天下布武」といえば織田信長の政策のひとつです。「天下に武を布く」と訓読できます。美濃攻略をしたあとで、井ノ口を「岐阜」と改名しましたが、その頃から「天下布武」の印象を用いていると言われています。

一般的には、「武力を以て天下を取る」と解釈し、天下統一の意志を示すものとして理解されますが、真の意味は「暴力を抑え、戦いをやめ、全ての民を和ませ、物資を豊かにすることができる者が天下を治めるのにふさわしい」という意味です。楽市楽座を積極的に推進したことからも、それを窺えるような気がします。

信長の横暴さが目立つために、天下布武という言葉はなんとなく信長らしくないような気がします。信長ファンに、信長の真の姿が理解されていないから、そのような見方しかできないのだと叱られたことがあります。

中世後期においては信長が言う「天下」とは、室町幕府が管轄する畿内を意味し、畿内領域のみの支配を意図したとする説もあるようです。すなわち、信長は日本全国を統一するという意図ではないと言うことです。

素人の私ですが、信長は海外情報にも通じるところがあるので、はやり信長の言う天下というのは、日本国を指すのではないかと考えています。その観点では、戦国時代に生きた人としては先見の明があるように思えます。

信長は、自分を神と呼ばせたと言うことも聞きますが、世の中の社長には企業は社長のものと思っている人が多いように思えます。近年は、「会社は株主を重視する」というアメリカ的な(そう言い切って良いのかどうか自信はありません)発想が根付いているようです。

企業は「ステイクホルダー」のためということも良く聞きます。ステイクホルダーには、株主だけではなく、お客様、社員、仕入れ先、地域社会の人達等々企業に関係する人を指し、「利害関係者」という言い方もします。

経営士・コンサルタントとして、仕事をしているときに、社員をおろそかにしている企業の成長には限界があるように、経験的に見ています。私の知っているあるベンチャー企業の社長さんは、社員の抜擢人事をしばしば行いました。信長の人事に似たところがありますが、経営がうまく行っている時には、それがその会社の企業体質ということで社員も納得せざるを得なかったのでしょう。

バブルがはじけてからもその人事政策を続けていたのですが、あるときリベラルな常務取締役の降格を決めると、社員がゴッソリ退社してしまいました。退職した社員の多くはかつて抜擢された社員でした。その理由の一つは、人間を「駒」としてしか見ておらず、抜擢と言っても社員の一面を見ただけで判断をし、その見方に沿わない社員は昇級も昇格昇進も期待できない人事政策だったのです。

「天下布武」という言葉の真の意味を経営者はもう一度見直して、自分自身に照らし合わせてみる必要がありそうです。

 

 
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   岡目八目 (おかめはちもく)  
 
コンサルティングの必要性

「岡目八目」という四字熟語は知っている人も多いでしょう。碁や将棋を打っている人は、自分が関心を持っている局面に意識が集中してしまい、他の部分に注意が届かないことがしばしばあります。

しかし、それを後ろや脇から覗いている人は、比較的客観的に見ていることもあり、良い手が見えたり、危機を察知したりすることができます。自分で気がついたことを当事者に伝えたいのでむずむずしてしまいます。

これは、状況を俯瞰的(ふかんてき)に観ているとも言えます。俯瞰的に観ると言うことは、鳥瞰図的に観るとも言われます。鳥が大空から下界を見下ろすように全体を把握するものの見方で、論理思考の分野でもしばしば使わる言葉です。

「岡目八目」というのは、「当事者よりも、回りで観ている人達の方が、直接の利害に関係しないこともあり、ものごとの全体の流れ、時にはものごとの真相を理解することができる」という意味です。

経営者は、「おれの会社のことは、おれが一番よく知っている」と思い込みがちですが、実はそうでもないのです。われわれが企業を訪問すると、第三者的な冷徹な目で企業を診ることもあり、経営者が気がついていない、あるいは気がついていてもその重大性に気がついていないことなどに目が行きます。ここに、経営士・コンサルタントの存在価値・必要性があるのです。

皆さんは「新幹線理論」をご存知でしょうか。何か難しい技術的な理論のようですがそうではないのです。私事になりますが、息子が小さい頃、速い新幹線に乗りたいとういうので乗せました。上りの新幹線と交叉したときに「ああいう速い新幹線に乗りたい」と言い出しました。自分から見ると自分の新幹線は止まっているように思えたのかもしれません。すれ違う列車の方が速く走っているように見えたのかもしれません。

その渦中にいると、自分が高速で移動していることを忘れてしまうのです。自社の状況は、自分が一番よくわかっているつもりでも、あまりにも身近で見えなくなっていることが多いのです。客観的な目で見るとなんでもないようなことを見落としていたり、あまりにも当たり前になってしまっていて、自分たちがやっていることが第三者から見るとおかしなことをしているということが多々あるのです。すなわち経営者は経営コンサルタントに冷徹な第三者からの目で見てほしいと望んでいるのです。

経営者の中には、社員の言うことには耳を貸さないという人もいます。そのような時には、社員の代弁をし、経営者をいさめることも必要です。しばしば、その企業の問題点の元凶が経営者にあるので、経営者を変革させることが最も重要なテーマであることもあります。
 
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   経世済民けいせいさいみん  
 
経営者のあり方

「経」という文字は「経営」をはじめ私たちはしばしばこの文字を使います。「経」は、「きょう」と読めば「お経」を連想するように、仏様の説いた教えを記したものです。「けい」と読むと「ものごとの筋道(広辞苑)」を指します。

中国では「経」という文字をしばしば「治める」という意味で使い、ここでも上述とは異なって、「治める」という意味で使われています。「済」は「救済」という言葉にも使われますが「済」も「救う」という意味です。

すなわち、「経世済民」とは、「世を治め、民を救う」と読むことができ、「世の中を立派に治め、国民の苦しみを救うこと」を意味しています。

日本には「政治屋はいるけど、政治家はいない」ということを時々耳にします。その違いについては、私は良くはわかりませんが、ニュアンス的にはわかるような気がします。国民のことを考え、政府がリーダーシップをとれていない今日の政府や国会議員をはじめとし行政を司ったり関係したりする人達は、自分達の権力闘争に明け暮れしていて、判断基準が自分達に有利になることにしかないように思えます。

隣国の韓国では、政府・大統領が率先して国のIT化や海外展開を促進したり、外国との関係強化を図ったりしています。日本は、領海問題をはじめ多くのグローバル対応が迫られているにもかかわらず、国内問題も無視しながらの状況が続いています。

「経世済民」をきちんと掲げ、地道に持続させ、国民が安心して生活できる「政治家」が出現しないものでしょうか。

「経世済民」は、政治だけの問題ではありません。これは企業でも言えます。経営者が社員のため、ユーザーのため、ステークホルダー(企業関係者)のために経管理をきちんとしていくことも経世済民に繋がるのです。これはまた、経営士・コンサルタントに直接関係することでもあるのでこの言葉の意味をじっくりと噛みしめる必要があります。

余談になりますが「経済」という言葉は「経世済民」の短縮形であるとも言われています。

 
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   韓信匍匐かんしんほふく  
   
仲間内の恥は将来のため

史記に、漢の名将として名高い韓信の話しが掲載されています。若い頃に街中で無頼漢に絡まれ、股の下をくぐったことがあります。侮辱に良く耐えた韓信は、後に漢の劉邦に仕え、数々の戦いに勝利して、劉邦を助けた人です。このように大出世をした韓信の故事にちなんで韓信匍匐という言葉が生まれました。

このことから、韓信匍匐というのは「大きな目的を持つ人は、ひとときの恥を忍んで耐える」という教えです。「一時の恥を惜しむことは一生の恥である」と子供の頃に教えられました。

ちなみに「匍匐膝行(ほふくしっこう)」という言葉があります。韓信匍匐とは全然意味が異なりますが、むかし中国では、「貴人の前で、腹ばうようにして膝で進退する(広辞苑)」という動作があります。それが後に日本にも入ってきました。戦争用語に「匍匐前進」という言葉がありますが、同じ「匍匐」という言葉から来ていることは想像できます。

内閣府認証特定非営利活動法人・日本経営士協会に「知修塾」という研修会があります。そこでは、知識の修得と共に、経営士・コンサルタントに不可欠な表現力養成をあわせて行っています。

経験の浅い経営士・コンサルタントが、自分の研究をプレゼンテーション・ソフトを使って発表します。内容だけではなく講師としての話方やストーリー作りなどの善し悪しを出席者がコメントしあいます。仲間内の恥は、経営士・コンサルタントとしての飛躍の肥料となるユニークな研修です。


 
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   面目一新めんもくいっしん  
   
日本語の難しさ

「面目」は、「めんぼく」とも読み、「世間に対する名誉(広辞苑)」という意味です。すなわち面目一新とは、「世間に対する名誉を一新すること」すなわち、世間で厳しく判断されたことに対して、手を加えることにより一段と高い評価が得られることを言います。

面目一新と同義語で面目躍如という言葉があり、「面目を凌ぐ」という用法と同じ意味となる。ちなみに「凌ぐ」は「しのぐ」と読み、読み方を間違えられやすいし、さらに「にすい」であるので、さんずいの「?」ではありません。

欠陥商品を出してしまってすっかり信用を失ってしまった企業が、躍起となって新商品を開発して、一旦失った信用を取り戻すと言うことがまれにあります。これは面目一新することになり、別の四字熟語では「名誉挽回」というのもあります。

ちなみに枕草子に「かばかり面目なることなかりき」では、「めいぼく」と読むのだと祖母に教えられたことを思い出します。

日本語は難しいですね。その難しい言葉を母国語にしている日本人が、なぜ英語に弱いのでしょうか?


 
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   郢書燕説えいしょえんぜつ  
   
謙虚さを忘れない

郢書燕説とは、道理や理屈にかなわないことをこじつけてもっともらしく説明するという意味です。

この言葉の語源は、楚の国の首都である郢の役人がディクテーション(口実筆記)をしているときに、暗くなってきたので「燭を上げよ(明かりをつけなさい)」というと、筆記者がそのままの言葉を手紙に書いてしまいました。

それを受け取った燕の国の大臣が「燭を上げよ」という言葉は「賢人を登用せよ」とう意味にとらえて、国内の賢い人達を積極的に登用しました。すると、燕の国が以前にも増して益々栄えたという故事があり、この言葉が今日残っています。

もともとの故事には悪いニュアンスはなく、むしろ良い結果を生んだのですが、間違えて書かれた「燭を上げよ」を「賢人を登用せよ」というように強引なこじつけをしたことから、今日では余りよい意味には使われません。

私事になりますが、IT関連企業とのつきあいが長いせいか、IT業界には、郢書燕説を物人が多いように思えます。そのたびに注意をしますが、自説が正しいと信じ込んで言っている場合には、それが誤りであったり、適切な言動ではなかったりすることを気づかせることに苦労します。ところが、往々にして自説が郢書燕説であることに気がついていながら、強引にそれを強調していることが多いのも驚きです。

経営コンサルタントや経営者・管理職の中にも郢書燕説を平気でぶっている人がいますので、利用される経営者・管理職の皆様は、エセコンサルタントに注意しましょう。企業が良くなるどころか、かえって悪くなってしまうかもしれません。


信頼できる経験選びができる経営者・管理職こそが、生き残れる時代になって来たのかもしれません。

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   孤立無援こりつむえん  
 


一人では限界がある

経営コンサルタントの多くが独立経営コンサルタントと呼ばれ、一人で仕事をしていることが多いでしょう。そのために、自分自身で何から何までやらなければなりません。時として、責任の大きさに押しつぶされそうになり、そのようなとき、「孤立無援」のように感ずることがあります。

ご存知のように孤立無援というのは、自分一人で他に頼ることができなかったり、助けてくれる人がいなかったりという状態のことです。

経営コンサルタントは、家族の支援がないとなかなかやってゆけません。それが奥さんであったり、両親であったり、ときには子供であるかもしれません。

経営コンサルタントの中には、独身で、一人で生活をしている人もあります。そのために孤立無援感を味あうことが多いかもしれません。

今日のように、経営の高度化が進むと経営コンサルタントに対するニーズも高度化してきます。一人の経営コンサルタントがすべての分野の問題に対応することが難しくなってきました。するとここでも益々孤立無権感を味わうことになりかねません。

そのようなときに助けになるのが仲間です。ところが信頼できる仲間を捜すことは大変難しいでしょう。

経営コンサルタントの団体があります。それらの団体に入ると仲間を捜すことが容易となります。費用はかかりますが、高度な仕事をやりこなすには一人では無理です。仲間とともに仕事をすることを考えてはどうでしょうか。

内閣府認証特定非営利活動法人・日本経営士協会では「共業・共用・共育」という言葉を使っています。仲間とともに仕事をし、ノウハウを共用し合い、ともに育っていこうという考え方です。

 
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   死中求活しちゅうきゅうかつ  
 


背水の陣を敷く企業

企業の命は30年と言われますが、経済環境による影響を受けたり、内部の諸事情に拠ったり、商品のライフサイクルなどいろいろな要因で、経営には波があります。時には、わずかの資金の工面ができずに黒字倒産する企業もあります。

何とかやりくりができるうちはよいのですが、絶体絶命、背後は断崖絶壁という状況に陥り、ヤミ金融を頼りにしなければならない窮地に追い込まれることもあります。

このように絶体絶命的な状況の中で、何とかしようと必死に活路を求め、解決していこうと模索することを「死中求活」と言います。

そのような状態になってから、コンサルタントを求めてくる経営者もいますが、そこまで追い詰められた状態では、さすがの辣腕コンサルタントでもほとんど解決することはできないでしょう。

最後の最後に至る前に、専門家に相談することが大切です。

しかし、さらに大切なことは、「勝って兜の緒を締めよ」すなわち、自分の会社がうまく行っているときに、甲冑のひもを締め直すことが大切です。また、そのようなときには多少なりともゆとりがあるので、いつ襲われるかわからない経営者の敵に対して備えをしておくべきです。

社員研修を実施して、社員のレベルを高めておき、いざ敵が攻めてきた時でも上手に対処できれば痛手も少なくて済みます。場合によると予見ができて、困った状況を回避できるかもしれません。

企業が土壇場で生き延びることができるかどうか、それが経営の基礎体力です。基礎体力は「当たり前のことが当たり前にできる」ように平素から体力作りをしておきましょう。それには自己流でやるのではなく、経営コンサルタントなどのプロに依頼することによりホンモノの基礎体力を身につけることができるのです。

 
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   矯角殺牛(きょうかくさつぎゅう)  
 
全体最適

玄中記に、牛の角の形がわずかばかりゆがんでいることが気になり、それを矯正しようとしたら牛が死んでしまったという故事が掲載されています。すなわち矯角殺牛というのは体制にあまり関係しないような、わずかな欠点を正すために努力をしても、その結果、全体を損なってしまっては何もならないという意味です。

これは、経営においても言えます。

われわれ経営コンサルタントは、企業に行って気になることが多々あります。しかし、その企業にとって何が重要なのかという視点で見ないと矯角殺牛になることがあります。

すなわち、われわれ経営コンサルタントは、「全体最適」ということを常に意識し、どこから手をつけなければならないのかを的確に判断しないと、せっかくの努力がマイナスの効果に繋がってしまうことがあります。

私が経営コンサルタントに成り立ての頃の話です。ある精密機械製造業の顧問先で、収益が良くないので何とかして欲しいという社長の意向に引きずられ、そこに重点を置いたコンサルティングをしました。

その結果として、売上高は増加傾向になりましたが、利益率は一向に上がりません。その原因は、管理体制にありました。売上高が伸びたために、どの部門も忙しくなり、社員の負荷が増加してしまいました。

管理不充分なことから、貴重の利益が水漏れしていたのです。全体最適なコンサルティングではなかったことにすぐに気がつかなかったのです。売上が拡大することにより、かえって社員に迷惑をかけてしまうことになってしまいました。


経営コンサルタントが、矯角殺牛、すなわち全体最適を忘れてはならないことを、自分の失敗を通じて学びました。

 
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   画竜点睛(がりょうてんせい)  
 


気配り

「がりゅう」とも読みます。間違えやすいのは「睛」というを「晴」としてしまうことです。「睛」という字の作りは青ではなく、作りの下の部分が月ではないのです。

「睛」とは瞳のことで、中国のある高僧が寺の壁に竜の絵を描いて、最後に残されたのが瞳でした。だるまも目を入れたものとそうでないもの、目の入れ方により印象が大変異なります。その高僧は、心を込めて瞳を入れたところ、竜が天に向かって飛んでいったというのです。

すなわち、画竜点睛とは、ものごとの最も重要な部分であり、大切なところのことです。これをなす事が、ものごとを完成させることであり、最後の仕上げをすることに繋がります。

先日、私の弟のような従弟が早逝してしまいました。通夜や葬儀の準備に追われている中で、香典の準備を始めました。

不祝儀袋の表書きというのは多くの人が苦手としますが、この袋には試し書き用紙というのが入っていました。試し書き用紙のセンターが切り取られた状態で、そこに名前を書くとまっすぐに書けるようになっています。左側にはマス目があるので、それをスケールにすると字の大きさも決めやすくなっています。

不祝儀袋と言っても、御霊前とか御仏前など、いろいろな用途に使えるように短冊状な用紙を入れ替えるだけで用途別に変更することができます。そのままですと短冊が斜めにずれてしまいますが、短冊の裏のフィルムを取ると、糊がついていて、それで固定することができます。

お金を入れて水引に袋を差し込むと、水引のひもがぷらぷらしがちです。水引の裏にやはりフィルムがあり、糊がついていました。それで水引を固定できるのです。

これぞ、あっぱれ「日本人の心遣い!!!」

ところが、貼り付けたはずの短冊がずり落ちてしまいます。糊が弱すぎるのです。

画竜点睛を欠く

 
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   飛耳長目(ひじちょうもく)  
 
アンテナ感度

経営コンサルタントをめざす人から時々訊かれることの一つに、「どのような性格の人が経営コンサルタントには適していますか?」ということがあります。

私の口癖の一つは、「経営コンサルタントは、お節介役であるべき」ということです。お節介というのは、相手に頼まれなくても、相手のためになっているだろうと思われることを行動に移すことです。すなわち、相手が何を欲しているのかを推量し、それに対して頼まれもしていないのに何かをしてあげるのです。

相手のニーズにマッチした推量であると、「あなたはよく気のつく人ですね」と誉められたり、感謝されます。一方で、こちらがよいと思ってやってやったことが、相手のニーズにあっていなかったり、タイミングが悪かったりすると「余計なことをしてくれて・・・」といやがられてしまいます。

飛耳長目というのは、耳を飛ばし、目を長く(大きく)して情報を収集できる人や能力のことです。すなわち、優れた観察力を持っていたり、情報集能力に優れていたり、博学であって全てに精通していることを意味します。

私の言葉に置き換えると「アンテナの感度と量」ということです。たとえば企業を訪問したときに玄関の傘立てに傘が何本か置いてあったとします。ある人は、それを見て、「万一、雨が降ってきたらすぐに傘を差して出かけられる、準備の良い会社」というように思うかもしれません。ところが別の人は「天気の良い日に傘立てが置いてあり、ましてや何本か傘が残されたままというのはだらしのない企業なのではないか」というように考えるかもしれません。

一つの現象でも、見る人により見方が異なっていますが、「これがアンテナの感度」です。

話は変わりますが、野辺山に東京大学の電波望遠鏡があるのをご存知の方も多いと思います。そこに行ってみると電波望遠鏡が一つあるのではなく、十数基が置かれています。アンテナの数が多いことで、より多くの情報を収集できるのです。

飛耳長目をめざすには、ロジカル・シンキングを身につけることをお勧めします。

 
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   百尺竿頭(ひゃくしゃくかんとう)  
 
わが社の「当たり前」

尺貫法の1尺は約30cmですから、百尺とは、約30mに相当します。秋田の竿灯祭りは、竿(さお)の先にたくさんの提灯をつけるお祭りですので、類推できると思いますが百尺竿頭は、30mもあるような竿の先端の意味です。

このことから、百尺竿頭というのは、到達することのできる最高点のことです。経営で言えば、自分の会社が達することができる最高点、すなわち理想的な企業です。

私は、しばしば「当たり前のことが当たり前にできる企業作り」ということを申し上げます。では、「当たり前」とは何でしょうか?」

当たり前というのは、いま、自社が持っている実力でできる最高点のことで、これは経営計画に相当します。この経営計画が、難なく達成できてはじめて当たり前のことが当たり前にできる企業と言えます。

すなわち、経営計画の立案は、自社の実力を持って努力すれば何とか達成できる目標、すなわち現状での百尺竿頭を目安に努力をし、達成してゆくことに繋がらなければなりません。このようにして立案された計画でないと、たとえ達成できなくても「あの計画はいい加減なものだから」と自己欺瞞をおこし、企業の成長を損ねかねません。

経営計画の立案には、百尺竿頭を念頭に置きましょう。

 
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   理非曲直(りひきょくちょく)  
 


コンプライアンス

道理にかない、正しいこととそうでなことをいい、是非曲直や是非善悪も同じような意味で使われます。

われわれ経営コンサルタントは、企業を訪問すると、その会社の良いところを伸ばし、至らないところがあればそれを指摘し、具体的にどのようにしたらよいのかを一緒になって考え、実施し、持続し、結果に結びつけられるように努力をします。

経営コンサルタントというのは、単に努力をするだけではなく、結果に結びつけられなければ役割を果たしているとはいえません。

企業を訪問して驚くことに一つが、挨拶ができていない企業が結構あるということです。挨拶ができていない企業で、成長している企業があればそれは一時的に何らかの要素で良い状態があると考えた方が良いでしょう。

挨拶ができるだけで企業が良くなるわけではなく、企業が体質改善や変革を行っていると自然と挨拶もできるようになります。5Sを実施している企業は、5番目にSとして「躾け」という項目があることはご存知でしょう。挨拶はこの項目に属するのかもしれませんが、人間として当然できて当たり前と言えます。

しかし、企業というのは当たり前のことが当たり前にできない宿命のようなものがあります。当たり前に何でもができるようになるには、自社の当たり前が何であるのかを社員全てが知っている必要があります。そうでなければ当たり前のことが当たり前にできるようにはなりません。

挨拶をすることの理非曲直を頭で理解するだけではなく、体と心で実践できる企業に返信することは、健全企業への第一歩のひとつと言っても良いのかもしれません。

 
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   良禽択木(りょうきんたくぼく)  
 


経営者の率先垂範

企業の経営者と話をしていてしばしば聞くことの一つに「うちの社員はダメ社員ばかりで、俺のいうことが少しも実行されない」などという嘆きの言葉です。

しかし、良禽択木という言葉があります。賢者は賢君に仕えるともいいますが、できる社員はできる経営者を選んで仕えるということをこの経営者は忘れているのです。社員は、経営者の鏡でもあります。社員が良くないのは、経営者に欠陥があるのです。

「子は親の背中を見て育つ」と言われますが、社員は経営者をよく見ています。経営者が人格・人品に優れていれば、社員もいずれそれに感化されます。しかし、率先垂範をすれば社員が自然と良くなるという者でもないことも知っておきましょう。

では、なぜ率先垂範をしても、良禽択木たることに繋がらないのでしょうか?

一つには、社員が目標意識を持っていないと、率先垂範が充分に効果を発揮しません。経営理念に基づく、経営計画、経営戦略を明確にし、それへの参画意識を持たせることにより目標意識が高まります。目標意識が高まると、経営者の人柄も目標の一つとなって来ます。

すばらしい経営者には、自然と優れた社員がついてきてくれるのです。

 

 
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   夜郎自大(やろうじだい)  
 


経営コンサルタントと謙虚さ

経営コンサルタントの先生方で、「自分は偉い」、「俺の言うことを聞けば会社は必ず良くなる」、と威張っている人がいます。

人間の能力というのは、それほど大きな違いはなく、たまたまある分野で多少人様よりよく知っている面があるというに過ぎないことが多いのです。それにもかかわらず、自分の能力を過大評価し、尊大な態度を取ることを夜郎自大といいます。

反省することなく、知識の切り売りをしているようなコンサルタントはいずれ壁にぶち当たり、伸び悩んでしまいます。

以前にも書いたことがあると思いますが、「稔のるほど頭を垂れる稲穂かな」という句があります。視点を変えれば、何でも鏡となり、自分を映すことができます。

謙虚になれる経営コンサルタントこそ、信頼される人なのではないでしょうか。

 
 
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   拈華微笑(ねんげみしょう)  
 


I love you.

言葉を使わずに、以心伝心、すなわち心から心へ伝えることを意味します。教外別伝(きょうげべつでん)とも類似した意味と聞いています。

日本人は、口に出さなくても自分の気持ちは相手に伝わると思い込んでいたため、アメリカ人を始め多くの外国人のように I love you. ということを言わない時代が続いて来ています。

ところが近年、日本人も拈華微笑が通じる人が少なくなって来ています。そのうちに、アメリカ人と同様に、一日に一回以上I love you.と言わないと離婚理由として正式に認められるようになるかもしれません。

有能な経営士・コンサルタントは、相手が何を考えているのか、読心術とまで行かなくても、ある程度雰囲気を読んで、それを別の方法で確認して、コンサルティングに活かすと言われています。拈華微笑は経営士・コンサルタントにとって必要な能力なのかもしれません。

では、その能力をどのようにして修得したらよいのでしょうか?

一つには、その様な経験の場数を踏むことだと思います。しかし、その様な場に遭遇することはそれほど多くはないでしょう。

(特)日本経営士協会では、ネット研修をいくつか実施していますが、そのうちの一つである「経営士塾」は、拈華微笑トレーニングの場の一つといえます。

経営士塾のコンセプトは、「35年の経営コンサルタント歴の講師から感じ取る」です。「知識を修得する」のが多くのセミナーですが、ここでは知識修得よりは拈華微笑を大切にしています。

】 経営士塾は、(特)日本経営士協会会員のみが受講可能です。

                            経営士塾 詳細


 
 
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   下学上達(かがくじょうたつ)  
 


経営コンサルタントの自己研鑽

身近に起こっている日常のことに注意を払い、そこからいろいろなことを学び取ることから始めて、それに関連づけて次第に深いところまで突っ込んで行き、自分の知識を深め、学問の奥義にまで到達できるように努力し続けるという意味に解釈しています。

経営士・コンサルタントというのは、日進月歩、分進秒歩といわれる今日では、溢れる情報から必要なものを抽出する「アンテナ感度」の良さが求められます。それも平素の地道な努力なしには実現できず、プロになりきれない中途半端なコンサルタントで終わってしまいかねません。

下学上達には、基礎の大切さもうたわれていると思います。はじめは浅くても良いですから、経営士・コンサルタントに必要な、広い基礎知識や技術を身につけましょう。それをやがては伸ばし、それが自分の専門の柱に成長します。

 
 
     
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   換骨奪胎(かんこつだったい)  

まねぶ

すぐれた詩文に書かれている内容や意図を正確に理解し、そこに見られる表現を取り入れたり、発想手法をそこから学び取ったりして、自分自身の言葉で、自分自身の作品として表現することを意味します。

経営コンサルタント業に、はじめから優れている人は例外的でしょう。初めのうちは、先輩コンサルタントの言動に注意を払い、それを自分自身の言葉や動作として表現してみるうちに、いつの間にか自分のオリジナルなものに昇華できるようになります。

「まねぶ」という言葉がありますが、「まねる+まなぶ」という言葉からの合成語です。だれがこのようなすばらしい表現をしたのか知りませんが、経営コンサルタントに取っては、まさに換骨奪胎に繋がります。

一方で「パクリ」という言葉があります。表現されたものには、著作権がつきものです。他人の作品にちょっと手を加えただけで、あたかも自分が作り上げたような顔をするのはプロコンサルタントとしては大いに恥ずべきことです。

その様なことをやっていたら、クライアント・顧問先にもいずれ感じ取られ、結局経営コンサルタントとしてやって行くことはできなくなるでしょう。

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   意馬心猿(いばしんえん)  マズローの欲求五段階説 2010/10/06 

人間というのは、欲望・欲情から逃れることがなく、仏教では108の煩悩を持つと言われています。この煩悩を押さえがたいというのが、意馬心猿です。

マーケティングというのは、人間が持つ顕在的なニーズだけではなく、顕在化しているニーズをも引き起こし、売れる仕組みを作ることです。そのステップが「AIDMAの法則」です。

マーケティングを学ぶときに、AIDMAの法則と共に忘れてならないのが「マズローの欲求五段階説」です。人間の欲望というのは、基本的な欲求と上を目指す欲求とがあります。前者としては、「生理的欲求」「安全欲求」があり、これが満たされると「帰属と愛情の欲求」が求められます。

自分が住む家に家庭があると「帰属と愛情の欲求」が満たされ、さらに上を求めます。会社で昇格をして管理職になりたい、さらには役員に就きたい、等々は「尊敬の欲求」というマズローの欲求五段階説の第4段階です。

その様なニーズがある中で、経営コンサルタントは社員研修の講師をし、モラールを上げ、その欲求実現のお手伝いをします。結果として企業の業績が向上すれば経営コンサルタントとしての評価が高まります。

すなわち、経営コンサルタントとしての名声が上がります。マズローの第4段階は経営コンサルタントにも当てはまります。

経営コンサルタントとして成功したいというのは、「自己実現の欲求」という第5段階に相当します。すなわち、われわれ経営コンサルタントは、企業を支援することにより、その企業の「夢」すなわちその企業の「自己実現の欲求」充足のお手伝いをしながら、自分自身の自己実現を図って行く職業なのです。


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