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 日本全国、訪れた名所旧跡をご案内します。

 スマホのカメラで撮影したものも混じっていますので画質があまりよくないものもあります。素人の限られた感性での写真ですので、たいした作品でもありませんことをご容赦くださるようお願いします。

京都 仁和寺
仁和寺 公式サイト http://www.ninnaji.jp/

 仁和寺は仁和4年(888)に、第59代宇多天皇により創建された真言宗御室派の総本山です。仁和2年(886年)第58代光孝天皇によって「西山御願寺」として発願されたといわれています。

 皇室出身者が代々住職を務め、平安・鎌倉期には門跡寺院として最高の格式でしたが、応仁の乱で焼失してしまいました。本尊の阿弥陀三尊や什物類、法燈等が残っています。

 徳川幕府3代将軍家光により仁和寺再興が承諾され、御所から紫宸殿(現在の金堂)、清涼殿(御影堂)など多くの建造物が下賜され、正保3年(1646年)に、ようやく創建時の伽藍に戻ることができました。

 平成6年(1994年)にユネスコの「世界遺産」に登録されました。

 境内には五重塔や二王門など江戸時代に建立された建造物が並んでいます。皇族や貴族とのゆかりが深かったため「仁和寺御殿」といわれる御所風建築物が、二王門を入って直ぐ左にあり、必見です。

 仁和寺 二王門・中門
 仁和寺 御室桜・御衣黄 
 仁和寺 金堂・御影堂・経蔵・九所神社・鐘楼 
 仁和寺 御殿・庭園
 インデックス

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 アクセスと移動


嵐電(京福電鉄)利用の場合
 御室仁和寺駅 徒歩約3分

市バス利用の場合
 京都駅26番にて約40分 京阪三条駅10番・59番にて約40分
阪急大宮駅26番にて約30分 阪急西院駅26番にて約25分

 


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仁和寺 五重塔

 
 江戸時代寛永21(1644)年に完成された、重要文化財に指定された建造物です。

 高さ約36mもあり、東寺の五重塔と同じく、上層から下層にかけて各層の幅がほぼ均一であることが特徴的です。

 寛永期を代表する塔のひとつで、「御室桜」と共に仁和寺のシンボルとなっています。


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御室桜の上から頭を出す五重塔
36mのどっしりした塔は、
東寺や八坂の塔などと共に
京都を代表する五重塔です。



桜やツツジに彩られた五重塔
秋の紅葉も素敵



内部本尊は大日如来
四方に四天王が守っています



五重塔正面の扁額は大日如来を意味しています


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内部心柱は、塔を支える4本の天柱で囲まれています。



柱や壁面には
仏様や眞言八祖等が描かれています。



屋根の幅は、各層ともほぼ同じ大きさが特徴
一般的には、上層ほど大きさが小さくなっています。



飛行機雲がクッキリ
良い天気でした。

仁和寺 経蔵


「経蔵」とは、仏典の一つ。
 仏教の典籍は,(1) 仏陀の言葉の集成である、(2) 修行者のとるべき行動・態度を規定した、(3) 仏教教理の説明,解釈,研究の集成であるの3種類に分類され,三蔵というが、経蔵とは、その第1のもの(kotobank)。



重要文化財


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内部には、釈迦如来・文殊菩薩・普賢菩薩などが安置
壁面には、菩薩や羅漢などが描かれています。



江戸時代・寛永から正保年間に建立された禅宗様式。


内部中央には八面体の回転式書架である
「輪蔵」が設けられていて
各面に96箱、8面で総計768の経箱が納められています。
経箱の中には、天海僧正による
一切経が収められています。



火灯窓・花頭窓(かとうまど)

寺社建築・城郭建築などによく見られる独特な形状
上枠を火炎形(火灯曲線)
または花形(花頭曲線)に造った特殊な窓
石山寺の「源氏の間」に見られることから
源氏窓」ともいいます。



経蔵前

仁和寺 金堂


 桃山時代の建築で国宝に指定されています。
 本尊の阿弥陀三尊が安置されています。

 この建物は、もともとは慶長造営の御所内裏であった紫宸殿が下賜され、仏堂としたもので、現存最古の紫宸殿の遺構といわれています。

 堂内は四天王像や梵天像も安置され、壁面には浄土図などが極彩色で描かれていそうです。



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経蔵から金堂へ



国宝 金堂

仁和寺の本堂で、慶長年間に造営された内裏の紫宸殿を
寛永年間に移築しました。
普通の寺院とは異なる雰囲気は、
もともと天皇が政務を司る紫宸殿であったことからも解ります。



金堂堂内には、ご本尊である阿弥陀三尊像や
四天王像などが安置されています。



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堂正面の天蓋や破風は見事です。



屋根の端には、中国風の賢人らしき像が左右に立っています。



孔子像のような焼き物が遠目にも解ります。



左右シンメトリーな形状が解ります。


蔀戸からも、普通の仏殿とは異なることが解ります。
さすが元紫宸殿であるからです。



金堂前の燈籠
仁和寺 御影堂


 鐘楼の西、仁和寺境内の左奥に位置し、弘法大師像、宇多法皇像、仁和寺第2世性信親王像が安置されています。

 御影堂(みえどう)は、慶長年間造営の内裏である、清涼殿の一部が下賜されたものです。

 現在の建物は、寛永年間に再建されたもので、蔀戸の金具なども清涼殿のものを利用しています。

 約10m四方の小堂ですが、檜皮葺を用いた外観は、弘法大師が生活していたにふさわしく、落ち着いた仏堂です。



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「御影堂」とは、その寺の開基・開山の像を安置した建物
奈良時代頃から開山の没後、敬慕の心をこめて建設されはじめた
祖師堂・開山堂ともいう(kotobank)



御影堂正面門



正面門の前に立つ石柱



正面門から御影堂を望む



小さなお堂ながら雅やかさを持っています。



真言宗の祖師である弘法大師空海像が安置されています。
鐘楼側側面



側面入口は、雅な飾り戸です。



御影堂正面

だれの姿もない一瞬を運良く撮れました。



祖師空海を印す、屋根付きの石柱



御影堂堂内



現在の御影堂は、慶長年間(江戸期)に造営された
内裏清涼殿の一部を移築したものです。



蔀戸(しとみど)の金具は、清涼殿で使われていたものです。



寺院の屋根頂上には、
通常はこの様な飾りはありません。


ひわだぶきを用いた屋根


御影堂正面門前から鐘楼を望む



正面門前の桜(有明)
有明は、山桜を改良した園芸品種



八十八か所巡りスタート地点

全部まわれば四国八十八カ所を回ったことと
同じ功徳があるとされるそうです。



仁和寺 鐘楼・水掛地蔵・大黒殿

 


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鐘楼前の八重紅枝垂れ



水掛不動尊側から見た鐘楼



鐘楼前の珍しい桜

 仁和寺 水掛不動尊


鐘楼横の水掛不動尊への道



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右手が鐘楼、左手が御影堂
正面が水掛不動尊



御影堂の壁際のツツジ



水掛不動尊

京都堀川戻り橋が昔流されてしまったときに
復旧中に橋の下から不動尊が見つかりました。



諸願成就、幼児難病平癒に霊験あらたか



心ない者がいたずらするので仁和寺に戻りたいとのお告げがあり
この地に安置されました。



幼児難病平癒に霊験あらたか



思ったより小さなお不動様でした。
長い竿のついたひしゃくで、平癒したいところにお水をかけると
たちまち効果が出るそうです。



道真が祈願した折に腰掛けたという石があります

 仁和寺 大黒堂


御影堂正面門前に立つ大黒堂

もともとはヒンズー教シバ神の化身を指しますが、
日本では大国主命(おおくにぬしのみこと)を祀るお堂


大黒の「だいこく」が大国に通じるため
大国主命は、七福神の一柱

仁和寺 九所明神


 九所明神(くしょみょうじん)は、仁和寺の伽藍を守る社で、現在の建物は、寛永18年(1641)から正保元年(1644)にかけて建立されました。

 社殿は、本殿・左殿・右殿の三棟に分かれています。

 八幡三神・加茂・日吉など九座の明神が祀られていますので、ここをお詣りしますと、それらを訪れたとおなじ御利益があるといわれています。



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社殿は、本殿・左殿・右殿の三棟に分かれています。



建物の前に3基の石灯籠があります。
織部形石灯籠といわれ茶人古田織部が創案した燈籠といわれています。



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檜皮葺(ひわだぶき)と瓦
檜皮葺屋根の端に菊の御紋しょうがあります



瓦の端にも菊の御紋があります



本殿



拝殿の破風


 
 
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 仁和寺 二王門・中門
 仁和寺 御室桜・御衣黄 
 仁和寺 金堂・御影堂・経蔵・九所神社・鐘楼 
 仁和寺 御殿・庭園
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