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私が訪れた名所旧跡です。

コンパクトカメラやスマホで撮影したものもありますので画質があまりよくありません。
私の限られた感性での写真ですので、たいした作品でもありません。
自分自身の作品を、自分のために整理したものです。

京都 洛北  実相院門跡 
 公式サイト パンフレット 関連記事(秘) 
 【 注 】 「(秘)」は個人用資料  

 NHK大河ドラマ「西郷どん」で名前を挙げた一人が、岩倉具視ではないでしょうか。その岩倉の極貧生活が紹介されていましたが、ここ岩倉地区がモデルになっています。しかし、実際には、大河ドラマで紹介されていたほどではないようですし、時期的にも、少々あわないようです。

■ 岩倉具視

 いわくら ともみ
 文政8年9月15日(1825年10月26日) - 明治16年(1883年)7月20日)

 NHK大河ドラマ「西郷どん」で一躍名前を挙げた一人が、岩倉具視です。下級公家でありながら、時代の流れを読み、世渡りの上手さで、明治政府の海外派遣団の団長となったり、五百円紙幣に登場したりする程までに出世をしました。

 安政5年(1858年)1月、老中・堀田正睦の日米修好通商条約が、多くの公卿・公家から批判をされました。「八十八卿列参事件」といわれるこの事件では、岩倉が始めて政治の舞台に躍り出て、孝明天皇を始め、多くからその存在が認められることになりました。

 また、「安政の大獄」では幕府寄りの姿勢から京都所司代・酒井忠義に認められました。

 徳川家茂への和宮の降嫁の件では、「和宮御降嫁に関する上申書」を孝明天皇にさしだすなどで、その功績が認められています。


■ 実相院門跡

 実相院は元天台宗の寺門派(天台宗には山門派と寺門派があります)の単立寺院です。ご本尊は、鎌倉時代に作られたと伝えられる木造立像の不動明王です。

 実相院は、昔から「岩倉門跡」とか、」岩倉御殿」とも呼ばれています。その理由は実相院が門跡寺院であるからです。

 門跡寺院とは、その寺院の住職を天皇家の血を引く方々が務められていた、格式の高い寺院のことで、代々皇室から大きな支援を受けて栄えていました。

 とくに室町時代から江戸時代にかけては、天台宗寺門派では数少ない門跡寺院の随一とされていました。


 洛北に位置する実相院は、洛中より気温も3~5度低めです。春、桜に彩られる時期は市内の各所より遅れて開花し始め、東側の石庭は、はるか奥比叡の借景と相まってのどかな雰囲気につつみこまれます。

 石庭は「こころのお庭」と呼ばれ、「御庭植治」小川勝章氏監修のもと市民参加により作庭されました。

 秋には、この石庭が見事なまでの錦に染まり、西側の山水庭園では、「床もみじ」とともに参詣者を楽しませています。


 後水尾天皇宸翰(ごみずのおてんのうしんかん)、『忍』の寺の書は、当寺を代表する仏宝となっています。天皇は、仏教に帰依深く、また学芸に造詣が深く、能筆家で知られ手います。天皇の筆跡を、よく示す墨跡として珍重されています。


■ アクセス

 実相院門跡へは、洛北というところにありますので、車があると便利なところですが、公共交通機関を利用しても行けないことはありません。

 私は叡山電鉄で、岩倉駅で下車し、徒歩で20分ほどをかけて行きました。岩倉からバスの便もありますが、停留所まで離れていますし、本数が少ないこともありますので、事前に調べておかないと待ち時間が長くなりそうです。

 〒606-0017 京都府京都市左京区岩倉上蔵町121

JR京都駅から
[1] 地下鉄烏丸線 国際会館ゆき「国際会館駅」下車、出口「4-1」よりターミナルへ
[2] 京都バス24系統・岩倉実相院ゆき「岩倉実相院」下車
 *国際会館駅よりタクシー利用の場合…およそ1,000円以内、所要時間約5~10分

京阪電車/叡山電鉄
出町柳駅から叡山電鉄鞍馬線 二軒茶屋または鞍馬ゆき「岩倉駅」下車
[1] 岩倉駅より徒歩の場合…北へ進み、最初の左に入る道を左折、
  川沿いを歩き、赤い橋を左へ。突き当たりが実相院です。(所要時間約20分)
[2] バスの場合…北へ5分ほど歩き交差点を左折 、
 「岩倉駅前」バス停より京都バス「岩倉実相院」行きで約8分

阪急電鉄 河原町駅から
[1] 出口「3B」より北へ徒歩約1分
[2] 京都バス「四条河原町」河原町通南行のりば(H&M前)より
  岩倉実相院ゆき「岩倉実相院」下車(所要時間約45分)

拝観時間 9:00-17:00 (不定休)拝観料大人500円、小中学生250円


岩倉実相院門跡


↑ 拡大


 実相院は元天台宗の寺門派(天台宗には山門派と寺門派があります)の単立寺院です。ご本尊は、鎌倉時代に作られたと伝えられる木造立像の不動明王です。

 実相院は、昔から「岩倉門跡」とか、」岩倉御殿」とも呼ばれています。その理由は実相院が門跡寺院であるからです。

 門跡寺院とは、その寺院の住職を天皇家の血を引く方々が務められていた、格式の高い寺院のことで、代々皇室から大きな支援を受けて栄えていました。

 とくに室町時代から江戸時代にかけては、天台宗寺門派では数少ない門跡寺院の随一とされていました。


 洛北に位置する実相院は、洛中より気温も3~5度低めです。春、桜に彩られる時期は市内の各所より遅れて開花し始め、東側の石庭は、はるか奥比叡の借景と相まってのどかな雰囲気につつみこまれます。



↑ 拡大

 バス停「実相院前」からは徒歩1~2分ほどのところにあります。



↑ 拡大

岩倉駅から徒歩でも20分ほどですので
洛北の京都の空気もまた良いですよ



山門は、思っていたよりもどっしりとしていました。



10月でしたが、もう紅葉も始まっていました。



山門には「実相院門跡」と小さな看板が掛かっていました。
門跡寺院ですので、壁には5本定規が入っています。
(写真でははっきり見えずに申し訳ありません)



門跡寺院ですので、菊の御紋しょうが使われています。



大玄関の前には枝の多いクスノキがあります



玄関前の石仏

風雨にさらされているのと、木漏れ日で像がはっきりしません



大玄関から入れません

岩倉実相院門跡 西側山水庭園


大玄関を入って左手(西)に向かうと山水庭園があります



センリョウが赤い実を付けていました。



山水庭園

苔と池



黄葉が盛んなときには水面も賑やかになるのでしょう



可愛い火灯窓が見えます



 後水尾天皇宸翰(ごみずのおてんのうしんかん)、『忍』の寺の書は、
当寺を代表する仏宝となっています。
天皇は、仏教に帰依深く、また学芸に造詣が深く、
能筆家で知られ手います。
天皇の筆跡を、よく示す墨跡として珍重されています。

寺宝 後水尾天皇宸翰『忍』の書



額縁の庭もまた一興

岩倉実相院門跡 東側石庭


山水庭園にくらべ石庭は広いです



 石庭は「こころのお庭」と呼ばれ、
「御庭植治」小川勝章氏監修のもと
市民参加により作庭されました。



市民参加という珍しい作庭法が現代アートを思わせます



比叡山を借景にした雄大さに圧倒されました



秋には、この石庭が見事なまでの錦に染まり、西側の山水庭園では、「床もみじ」とともに参詣者を楽しませています。



比叡山が大きく見えます


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