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私が訪れた名所旧跡です。

ケイタイやスマホのカメラで撮影したものもありますので画質があまりよくありません。
私の限られた感性での写真ですので、たいした作品でもありません。
自分自身の作品を、自分のために整理したものです。
東京  台東区 浅草寺 伝法院庭園

 雷門で有名な浅草の浅草寺は、連日、海外からの観光客で賑わっています。
飛鳥時代、推古天皇の御代に、漁師兄弟が網に引っかかった
一躰の観音像に帰依し、後に出家しました。

大化元年(645)、勝海上人(しょうかいしょうにん) により観音堂が駒形付近に建立されました。
、夢告によりご本尊をご秘仏と定めて以来、
今日までこの伝法(でんぼう)の掟は厳守されているそうです。
都内最古の寺院で「浅草観音」として親しまれています。

浅草寺サイトより>




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画面下(南)中央が雷門
雷門から上(北)にまっすぐ仲見世通りが続き
その突き当たりが宝蔵門
その奥(上)が本堂、左(西)が五重塔
その左(西)が伝法院


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雷門(風雷神門)

浅草寺は、「雷門」の方で知られています。
 天慶5年(942)平公雅(たいらのきんまさ)によって、
浅草寺の総門として現地に移築され、
風神・雷神が初めて奉安されたといわれています。

 
 



雷門(風雷神門)

様式 本瓦葺 切妻造り八脚門 鉄筋コンクリート
合成樹脂塗装


現在の門は、慶応元年(1865)の田原町大火で炎上し、
昭和35年(1960)にパナソニック創始者
松下幸之助氏のご寄進により、復興再建されました。
浅草寺の総門として、浅草の顔としても全国的に有名です。


雷門の大提灯も松下幸之助氏の寄贈ですが、
その底部にはこのように素晴らしい彫り物があります。


雷門 風神像

当初は、伽藍守護のために、
風水害または火災からの除難を目的として
この二神がまつられたものです。
さらには、風雨順時の天下泰平、五穀豊穣の
祈願もこめられるようになりました。


雷門 雷神像
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浅草寺 仲見世通りと周辺



雷門を入りますと仲見世通りです。
いつもごった返していますが、
ちょっと人垣が少なくなった時を見計らって
撮影しました。

【 注 】
お顔が移ってしまった方、問題がありますれば
すりを入れます。


宝蔵門

雷門から上(北)にまっすぐ仲見世通りが続き
その突き当たりが浅草寺山門としての宝蔵門です。

安房守平公雅(たいらのきんまさ)が
武蔵守に補任された天慶5年(942)に
祈願成就御礼として建立されました。
  数度の火災にあい徳川家光により寄進建立されました。



京都曼殊院門跡(まんしゅいんもんぜき)良尚法親王の
ご染筆の「浅草寺」の扁額がかけられています。
内部三層のうち上部二層に
近代的防災設備を施した収蔵室を設け、
浅草寺の什宝物が収蔵されています。

宝蔵門は、雷門より一回り大きく、立派です。
奥に本堂前の線香立てで
順番待ちで祈願していました。


宝蔵門をくぐって左手にある多宝塔は
高く、立派です。


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本堂前に、5mもある大きな石灯籠でしたが
風雨で劣化し、平成16年(2004)に除去されました。
その一部が残されています。


多宝塔の脇にある旧石灯籠の明かり窓の部分


本堂横にある羅漢像
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浅草寺 五重塔

 
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浅草寺 伝法院

伝法院は、浅草寺の本坊にあたります。
客殿、玄関、大書院などを総称して「伝法院」とよびます。
客殿には阿弥陀三尊が祀られ
その左右に徳川歴代将軍のうち歴代11名の位牌
及び浅草寺各世代住職の位牌が安置されています。


伝法院庭園入口前の門


通常は非公開ですが、
運良く、春の特別公開に参拝できました。


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浅草寺の伝法院庭園は、約3,700坪の廻遊式庭園
2011年9月21日に、国の名勝に指定されました。
伝法院庭園は、寛永年間(1624~45)に
小堀遠州によって築庭されたと伝えられています。


五重塔脇を左(西)の曲がりますと
伝法院庭園の入口があります。
鶴が島を左に見ながら本坊に向かいます。
本坊に附属する書院前に藤棚があります。
池を一蹴して天祐庵前に出ることができます。


経が島は、写経が埋められている聖域
浅草寺中興の中豪上人の墓塔は石碑壁があります。


庭園入口から入りますと
左手が経が島


経が島の入口側は、狭い溝でした。
ツツジが色を添えています。


経が島は、聖域ですので、
入ることはできません。


経が島の前をまっすぐ行きますと本坊


本坊手前にある施無畏(せむい)橋

施無畏というのは、仏像の手の形のひとつ
右手を胸の高さに、掌を見る人に向けて挙げ
願い事をする人に、
怖れることなく安心して
願い事をして良いですということを伝えています。


施無畏橋が、訪れる人を歓迎しています。
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浅草寺 本坊

初めは「観音院」とも、「智楽院」とも呼ばれていましたが
元禄の頃、現在の「伝法院」となったそうです。


本坊が見えてきました。


本坊の庭側の大きな部屋が大書院
上・中・下の間に部屋が分かれています。


本坊の一部、大書院

大書院では、赤い毛氈を引いたベンチが用意され
お茶を振る舞ってくれています。


本坊大書院は立派な建物です。

客殿には、阿弥陀三尊が祀られ
修行道場としても使われています。


上の間の掛け軸

何と書かれているのか、お寺さんの人も解らないと
おっしゃっていました。


本坊前の庭越しに五重塔が見えます。
本坊の甍の曲線と、五重塔がマッチし
伝法院のベストスポットといえます。


本坊屋根上には、東京スカイツリーが
すっくと立っています。
最新技術と伝法院の伝統が
不思議と調和しています。


対岸の高い所から本坊を望む


4時を過ぎると、縁側の戸板引き戸が閉められました。
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浅草寺 書院と藤
 


書院前の藤棚


古い藤木にもかかわらず
高貴な色を醸し出していました。


よく見ますと、ピンクがかった藤も
混じっているのですね。


書院横の藤の木はループになっていました。
こちらは庭側の棚の藤よりは古いのか、
花を付けていません。


本堂裏から出た石棺

藤棚の下にありましたが、
初めはここに似つかわしくないように思いましたが
高札を読んで、なるほどと納得しました。


古墳時代に住んでいた豪族のものらしい。
江戸時代、海辺に近かったこの周辺です。
その昔には古墳時代の人が生活していたのですね。


石棺は一枚岩でできています。


大書院横の瓶には、メダカが泳いでいました。
しばらくすると睡蓮も咲きそうです。


書院前のソテツ
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浅草寺 本坊周辺



本坊横の神護堂横にある石灯籠


鎮護堂 水子地蔵


本坊前の池の最も奥
奥の建物は鎮護堂


鎮護堂
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浅草寺 本坊前の池

 


庭園入口の右手
本坊前からは対岸に位置する


本坊前池の奥方向
石灯籠が、デンとおかれていました。


対岸から石灯籠を見る


対岸にある石灯籠
本坊奥は五重塔


五重塔が池もに映っていました。
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浅草寺 本坊前池の対岸



本坊前池の最も奥


踏み石で対岸に渡ります


春なのに紅葉が紅く染まっていました。


水のせせらぎは、夏でも涼しそう


多宝塔のある、対岸の小道


水が湧き出ていました。
 
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浅草寺 天祐庵と周辺



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石造多宝塔


石造多宝塔


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天祐庵 茶室


茶会が今でも開かれます。
庭園入口方向から天祐庵を見る


天祐庵全景
 
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