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皆様から寄せられたり、私が支援したり見聞した企業で、元気な会社、成功している会社・お店等などを紹介します。貴社経営のご参考にして下さい。
また、あなたのクライアント・顧問先やお知り合いの会社で、ここで紹介したい企業・団体等がありましたら、是非ご連絡ください。
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■ 特殊織物で明日をつむぐ 17
国内の繊維・素材メーカーの多くがアジアなどの新興国に生産拠点を移し、海外に販路を求めざるを得ない厳しい状況に追い込まれているなか、特殊織物の開発生産で独自の分野を築き、業界をリードしている企業がある。
明大(株)(岡山・倉敷市)は昭和38年創業の特殊織物の総合メーカーである。創業以来「多品種少量生産による高付加価値型」の製品開発をモットーに、徹底した品質管理のもと、織物から縫製、出荷までを国内の自社工場で一貫生産してきた。機械設備が注文に応えられなければ、その開発までも行うという徹底ぶりである。
主力製品のベルトスリング「ロックスリング」には一般繊維とアラミド繊維の2タイプがあり、軽量物から超重量物、耐熱・耐薬品の特殊用途まで幅広い商品展開により、トップメーカーとして他社の追随を許さない。また、土木建築向けの細幅・広幅織物は、織機や製造ラインの問題から一社生産できる企業がほとんどなく、両方に対応できることが最大の強みである。細幅織物は耐震補強用ベルトとして、広幅織物はコンクリート施工用布製型枠として用いられる。
同社では20年の研究期間を経て、ついに世界初の四軸織物「テトラス」を完成。世界の産業シーンに衝撃を与えた。タテ糸とヨコ糸の2軸に斜め2方向からも糸を交差させる技術を確立し、抜群の寸法安定性と引裂強度を得た夢の織物を実現した。カーボン繊維やアラミド繊維で作る四軸織物は多くの分野から注目されている。
社員の一人ひとりが、“開発スタッフ”であり“製造スタッフ”であるとの高い意識を持ち、製品開発にあたっては各自が柔軟な発想で意見を出す。小河原敏嗣社長は、「当社の従業員は、どんな仕事に対しても常にアイデアを出すことが習慣づいている」と誇らしげだ。こうした職場環境の中からオンリーワンの技術が生み出され、リーディングカンパニーとして業界を切り開いていく。
資料出典: J-NET21
■ 「混ぜる」を変える - 羽根の無い攪拌機 16
“攪拌機(かくはんき)”と聞いて普通に想像するのは、プロペラ状の羽根のついた器具だろう。ところが、(株)エディプラス(埼玉県さいたま市)の村田和久社長が創り出した遠心攪拌体「M-Revo」は、従来の常識を根底から覆す。なんと、半球体状の物体に穴が開いただけのものだ。
村田社長の専門は電気分野。工業塗装のヤマテック(さいたま市)の電子機器事業部から工業塗装事業部への異動で、塗料の攪拌作業で缶容器と攪拌機の羽根の接触による金属ゴミが日常的に発生していることを知る。持ち前の技術者魂から、この問題を解消しようと新たな攪拌機の開発に取り組み、試行錯誤すること2年。ある時、攪拌体の材料として入手した穴の空いた半球形の真鍮で何気なく塗料をかき回したところ、攪拌ができたのだ。
原理試作機を作ってから半年後には、社内の攪拌機を全て羽根の無いものに切り替え、特許申請出願からわずか半年後には遠心式攪拌体の特許取得に成功。特許の応用範囲が広いため、流体を扱う特許であるにもかかわらずあえて数字を使わない、構造がはっきりとわかる広い請求項を目指したという。国内ではめったお目にかかれない“基本特許”とも呼ぶべき革新的な技術である。
平成22年1月に、「M-Revo」開発販売のため(株)エディプラスを設立。全く想定外の業界からの引き合いも多いことから、産業界全体への早期普及を優先し、設備や販路を持つ企業にライセンスしていくという戦略をとり、海外進出にも力を入れている。
村田社長のビジネスビジョンは、「ノーリスク・ローリターン」。ウイン・ウインの特許ライセンスビジネスを目指している。世界中の攪拌機から羽根が無くなるのも、そう遠い先ではないかもしれない。
資料出典: J-NET21
■ 難削材への微細放電加工! =(有)エドミック= 15
プレスや機械工場が立並ぶ町工場の一角にあり。中に入ってみないと、よもやこんなところに超微細加工を手懸ける企業があるとは予想もつかず。
加工品のサンプル一つ一つがガラスケースに入れてあり、肉眼では一品一品が「点」にしか見えず。ピンセットを近づけただけでも吹飛んでしまうような素材に微細穴加工が施してあり。
とにもかくにも一見に如かず。もっとも目視では形状はわかりませんが・・・
>>>詳細はこちら
資料出典: (公財)東京都中小企業振興公社
■ アイディア経営 - 不況だから仕事が増える 14
「どこにもない技術を顧客に提供したいという強い思いがあった」という、(株)大東化成(大阪府堺市)の大山一彦社長は、平成14年に25歳の若さで創業した。前職で表面処理のノウハウを身につけていたが「お客さんを持って独立したわけではなく、ゼロからのスタート」で当初は苦労が絶えなかった。
しかも創業当時はITバブル崩壊後のIT不況の真っただ中。だが同社長には勝算があった。「不況下だからこそコスト削減のため部品を補修して再利用する表面処理の需要が増える」と。その後この予想は的中し現在では不況のたびに仕事が増えるという流れができている。
当初は電話帳を頼りに営業を開始したが、電話はもちろん企業に足を運んでも話さえ聞いてもらえなかった。そこで開発に力を注ぎ、平成17年に極細パイプへのコーティング技術を実用化した。内径1ミリメートルの金属パイプ内面へのフッ素樹脂コーティングで0.1ミリメートル以上、内径0.5ミリメートルのパイプで0.02~0.1ミリメートルのフッ素樹脂層の成膜に成功している。
細いパイプにフッ素樹脂をコーティングするニーズは以前からあったが、表面処理業界では「不可能」とあきらめる向きが多かった。同社は逆境をバネに成長してきた経験を踏まえ、これに挑戦し結果を出した。特に0.1ミリメートル以上の膜をコーティングした極細金属パイプは分析機器への応用で部品の劣化による精度低下を防げると注目されている。
企業のPRにホームページ(HP)を活用しているのも同社の特徴だ。平成17年に開設、平成19年以降は最低でも週1回、HPを更新、内容も年々充実させている。HP開設前に30社程度だった顧客は現在約500社に拡大、うち8割がHPを通じて獲得した顧客だ。同社のように社員10人未満の規模のモノづくり企業としては、HPの活用度で群を抜いている存在。同社のHPは参考にする価値があろう。
資料出典: J-NET21
■ 使用済み食用油で新エネルギー再生事業 13
「東京が世界有数の油田」―といっても、その油とは使用済みのてんぷら油。それが実は貴重な資源だということは案外知られていない。家庭で使われるてんぷら油は未利用のままそのまま廃棄されることが多い。しかし、適切な処理をすればバイオディーゼル燃料や家畜の肥料、畑の肥料に「変身」する。
こんな大きなECO資源に注目し社業としているのが(株)ユーズ(東京都墨田区、染谷ゆみ社長)。平成9年、染谷社長27歳の時の設立。(株)ユーズは、同社の目指すエネルギー循環を、一つの社会システムにしようと設立したもの。約50年、墨田区で油業を営む染谷商店が同社長の生家だ。
(株)ユーズ設立までに以下のような経緯がある。18歳の時、旅先のチベットで環境破壊に起因する土砂崩れに遭い、帰国後同商店に入社する。同社長はそこで、使用済みの食用油をリサイクルすることが循環型社会のモデルになることに気づく。
そして同商会勤務時の平成5年、「VDF」と呼ぶバイオディーゼル燃料を独自開発。その後VDFを燃料とする車が油を回収するという独自のエネルギー循環を作り上げた。日本の約40万トンといわれる廃食油すべてをVDFに精製すれば、約40万台のディーゼル車を走らせることができる計算だという。もちろん同社のトラックなど社用車の燃料はVDFだ。
(株)ユーズはスケールの大きなプロジェクトを掲げる。代表的なのが平成19年に始動した「TOKYO油田2017プロジェクト」。2017年(平成29年)までに東京を中心に首都圏から使用済み食用油を大部分回収する回収ステーションを団地、薬局、美容室などに設置するという内容。ほかにもNPO主導のイベント「アースデイ東京」に平成18年から参加し、同イベントの発電にVDFを使うなど数々の社会的取り組みを行う。
その基本にあるのは「油の捨て方を変えるだけで循環型の環境社会を実現できる」との強い信念。新時代の企業経営のキーワードの一つ「共感」を呼び起こすに値する考え方と行動といえる。
資料出典: J-NET21
![]() ■ 卵の殻から子供たちの未来を 12
秋を迎えると思い出される運動会。トラックの眩しい白線に、胸の高鳴りを覚えたことも懐かしい。ところでこの白線、材料に消石灰が使われており、人体への悪影響や水との発熱反応の危険性が指摘されている。白線材は様々な場所で使われており、特に、子供の安全を気遣う教育現場では悩ましい問題だった。
この問題に光明を投じたのが、(株)グリーンテクノ21(佐賀県鍋島市、下浩史社長)の下社長。ある時、廃棄用に積み上げられた卵殻を偶然目にした同氏は、「なんとかリサイクルできないか」と、平成15年から卵の殻を原料にした製品の開発に取り組む。
食品メーカーに液卵を供給する割卵業者は全国に約120社。年間20万トンともいわれる卵の殻が廃棄される。一部、農業用土壌改良材として使われるものの、多くは焼却・埋め立て処分されている。
開発の手始めは卵殻の粉砕。さて、この粉体、一体何に似ているのか。思い当たったのが、白線材や野球投手が使う滑り止め。形状から得た発想は、シンプルかつ明瞭だ。開発されたグランド用白線材「ガイアフィールドライン」などの製品に共通するのは「安全性」。卵殻を原料にすることで、安全性の問題を解決したのだった。
佐賀県のトライアル発注事業に参加したのをきっかけに、現在、同社の商品を採用する学校は全国に拡大している。リサイクル製品、環境に優しい製品、安全な商品は製造に手間が掛かる。その分、価格も高くなるが、下社長はそれを良しとしない。コストダウンにより価格を下げたことで販売にも一層弾みがついた。
「一歩進んだモノを開発したい」と開発意欲の旺盛な下社長は、目下、グラウンド用塗料や研磨剤などの製品化に取り組んでいる。子どもの未来、スポーツの安全を卵の殻から考える下社長の挑戦は続く。
資料出典: J-NET21
■ サンドブラストの技術で新時代を切り開く 11
砂漠などで強い砂嵐が吹くと、石や岩が削れていく。こんな現象をものづくりに応用している企業がある。(株)不二製作所(東京都江戸川区:間瀬恵二代表取締役)は、金属材料の表面に砂などの研磨材を吹き付ける加工法であるサンドブラストのパイオニアだ。
(株)不二製作所は昭和25年に間瀬社長の父親が創業した。元々はコンプレッサーの製造を手がけていた。しかし、より需要を増やすために、「コンプレッサーを使うものを作ろう」と考えたのがサンドブラスト装置だった。昭和32年、日本で初めてキャビネット型のサンドブラスト装置の開発に成功、研磨材を噴射・回収・分級と循環利用し、粉塵の出ないように開発した装置を世界に先駆けて世に送り出した。
研磨材は砂に限らず、加工部品の素材、用途に応じてソフトなものからハードなものまで広く利用する。その種類は400以上にも及び、ソフトなものでは、砕いた桃の種や水溶性の材料などを使うという。商材は自動車部品、プラズマテレビ、シリコンウエハーから注射針、ビルの壁まで。社会全体に広がっている。最近は、太陽電池の性能アップと低コスト化する技術も他社と共同開発した。
サンドブラスト装置の販売やメンテナンスが事業の柱であり、累計約30,000台の納入実績がある。一方、製品の多品種少量化が進み、受託加工や装置レンタルのニーズも大きくなっているという。このため、加工開発力の向上にも取り組んできた。表面を「削る」「磨く」「取り除く」などのほか、研磨材を打ち込んで表面を「改質する」、ブラストによって金属の耐久性をアップさせるなど、いわば「鍛える」ということも可能だという。
(株)不二製作所本社では、ワンフロアーに総務、開発、設計、営業など100人以上の社員が机を並べる。その真ん中に陣取るのが間瀬社長だ。仕切りを作らず、社員間の情報交換を第一に考えている。平成18年には経済産業省の「元気なモノ作り中小企業300社」にも選定され、今月には天皇陛下が行幸された(株)不二製作所。「ブラストの可能性はまだまだ夜明け前」と未来社会を見据えている。
資料出典: J-NET21
■ 人、地域、地球に尽くす 10
福島県本宮市に本社を置く(株)光大産業(根本昌明社長)は、家庭用木製品の総合メーカー。木工業の経験を生かして根本社長の父親が昭和47年に創業、平成7年に社長就任した根本氏が後を継いだ。人、得意先、取引先、地域、地球に「尽くす」を企業理念に、ベンチャー精神おう盛な異色の経営に取り組む。
根本社長は社長就任後、販路開拓のため全国を駆け回った。現在、全国の大手ホームセンター中心に販路網を定着、経営は安定路線を走るが、さらに販路拡大を目指し奮闘中だ。「創業約40年になるが、100年企業を目指すという社長の掲げる目標が社員一人ひとりに浸透している」(齋藤克行営業主任)という。
だが、ここまで来るにはいろいろな困難が伴った。同社長が就任後何年か経ち、不況に加えて消費者ニーズの大きな変化という波をかぶり経営不振に陥ったこともある。そのとき同社は公的機関に相談した。(財)福島県産業振興センターに悩みを打ち明け、基本的な整理・整頓運動から生産現場の改善、在庫管理や生産工程の見直しまで断行した。すなわち、ものづくり現場で重要といわれる「基本」に全社員一丸となって取り組んだ。
創業以来設備の近代化とITには力を入れてきたが、これと並行して作業手順など基本の改善を行ったことにより困難を克服した。平成17年にはドイツに本部を置くNGO団体、FSC(森林管理協議会)の認証製品加工工場に県内で初めて認定された。森林を守りながら継続した森林開発と安定した木材生産を行うため、林産物の加工・流通をルールに沿って行うという「世界レベル」の森林管理基準だ。
さらに製造プロセスなどのロスに投入した費用を「負のコスト」として総合的にコスト評価を行う原価計算手法も導入。「マテリアルフローコスト会計」と呼ばれるものだ。「社員が携帯端末を持ち生産、行動の効率化チェックを行うので残業も少ないし週休2日も可能」。同社の効率経営にかける先端的な取り組みはこうして花開きつつある。
資料出典: J-NET21
■ 人工サファイアで工業製品 09
人工サファイアの工業製品などを手掛ける(株)信光社(横浜市、米澤勝之社長)は今、「うれしい悲鳴をあげている」(中村範行営業部長)。これは省エネ、節電に世の関心が高まる中、LED(発光ダイオード)の需要が急増、このLEDの基板に使われるサファイア基板の受注が急拡大しているためだ。
昭和22年の創業以来、同社はサファイアを柱とした合成宝石製造一筋に歩んだ。創業後20年余を経て時計用サファイア円板を生産販売し始めた頃から、人工サファイアの増産に拍車がかかり始める。「日本のスイスといわれるような、精密産業に役に立てる工業用品を作りたい」と。
サファイアはダイヤモンドの次に硬い硬度を持ち、傷がつきにくく、中・高級腕時計の窓材にも使われる。同社はスイスの高級時計ブランド、ロレックスの窓材に使われるサファイアの3分の2を供給するなど、ほとんどの内外有名メーカーに採用されている。サファイア原石生産では今や日本一だ。
同社の特徴の一つは「高い技術が要求されるニッチな事業分野で、ナンバーワンの地位を確保する」こと。例えば、ルチルプリズム。数億円市場といわれる分野だが、ルチル単結晶は屈折率が高いため分光プリズムなどの光学アプリケーションに適し、同社は結晶欠陥の少ない同単結晶を製造・加工、ルチル原石生産で世界一の実績を持つ。
「最先端技術にチャレンジし、国内外問わずグローバルな活動をする」のが同社の真骨頂。平成18年には中小企業庁の「元気なモノづくり中小企業300社」に選ばれ、翌年には「ファラデー効果を利用した光ファイバーセンサ」で神奈川県工業技術開発奨励賞を受賞。「信は万事の本なり」の経営理念に沿い、事業のすべての面で「信用・信頼・信義」を尊重する経営を果敢に追う。
資料出典: J-NET21
■ 銅器でオリジナルの発色 08
銅器製造では国内トップのシェアを持ち高度な技術が集積する工芸の町・富山県高岡市。その地で(有)モメンタムファクトリー・Orii(折井宏司社長)が、高岡銅器に新たな息吹を吹き込む事業を意欲的に展開している。同社の前身は、昭和25年創業の折井着色所。以降、同社は高岡銅器の仕上げ部門である着色業一筋に歩んできた。
3代目の折井社長は10年ほど前からある取り組みを始める。「うちの着色技術をほかのものにも応用できないか」と。同社はそれまで手掛けてきた銅像、仏具、美術工芸品以外にも、いろいろな色を発色させて現代の生活に伝統工芸の技を取り入れるための商品開発に乗り出す。
高岡で着色業を手掛けるところは一般に、仏具だけを専門に着色しているところがほとんど。同社の場合は7割方が仏具だが、このほかにも日展の作家の作品やデザイナーのオブジェなども手掛け「作家、デザイナーの気持ちになって色を付ける」経験が豊富だ。だから新分野への挑戦について「自分自身、切り替えができた」。つまり「高岡銅器の仏具はこのやり方だと固執していたわけではなく、いろんな分野へ幅が振れやすかった」と振り返る。
こうして培った「感性」がプラスにはたらき同社長は試行錯誤の末に、従来の技法をさらに進化させた独自の発色法を見出した。銅など金属素材の腐食・錆という特性を人為的な技法で発生させ独特の風合い、発色を生み出す。これが大きく注目を浴びるのは2年前、ある展示会に独自の発色を施した時計などクラフト製品を出展したことがきっかけ。その時「びっくりするほどの反応があり、そこから一気に流れが変わった」という。
また東京・青山の「Rin」で今年2月に開かれた「高岡ippinセレクト」に出品した際、日本貿易振興機構(JETRO)から声がかかりニューヨーク国際家具見本市に建材、クラフト製品を出品した。これも反響が大きく折井社長は「今後の海外展開にも可能性を見出した」と語る。同2月には中小機構の協力を得て地域資源活用認定企業にも。高岡銅器の着色技術を応用した製品群が海外に雄飛する日も近い。
資料出典: J-NET21
■ 単独では生き残れない 07
家庭用金物・荒物、住居収納用品などを扱う商社(問屋)は元々、規模が小さく、しかも数が多い。「異形物、不定形」という商品特性から、こうした形態になる。富山市に本社を置く(株)サンプラス(小池博文社長)は、一度も赤字を経験することなく北陸地域のナンバーワン商社(問屋)になった。
その秘けつは小池社長の生き残りにかけた知恵と工夫があったためだ。まず「単独で、しかも北陸だけでやっていけば先行き、間違いなく落ち込む」と、他社との協業を模索。本体から分離独立した物流部門の会社が北海道・東北・関東および中国・四国での卸販売をそれぞれ手掛ける地場有力問屋2社と協業し、各社の地盤とする地域ごとに物流・販売の相互活用を図った。
共同販売会社も3社共同出資で設立。「地域を超えたネットワークができ、単独で行うよりもはるかにコスト効率が高まった」という。さらに経営面では「徹底した効率経営を目指した」。このため在庫、物流、営業マンの質という「問屋の3本柱」を総洗いした。これについて、中小機構北陸支部に出向いて相談し、さっそく専門家派遣事業の支援を受けた。
営業マンの意識改善を図るため「売れ残っている商品の在庫を直接見せ」と、その原因を追い求めた。商品力強化では商品入れ替え時に、新しい商材をできるだけ投入、問屋、販売店双方の売り上げ増を図った。販売店も新規売り上げを増やす目標があり、これにマッチした提案である。
「受け身の営業から主体的な営業へ」と小池社長の目標とする経営路線は今も前進している。本社内にはホームセンターの売り場を想定した商品陳列棚が立ち並ぶ。また、事業承継を円滑に進めるため「2015年に社長は交代する」と社員に宣言した。本人はその時65歳になるが、後継者になる予定の子息が40歳に。現社長が社長就任した時と同年齢での就任になる。チャレンジ魂と盤石な経営体制は、今後の堅調な航路を予感させる。
資料出典: J-NET21
間伐材を活用したログハウスの販売会社を経営していた山本正幸氏は、間伐材の伐採のため山へ入るたびにコケを目にし「これを有効に活用する方法はないものか」と思案した。コケは土がなくても生育し乾燥しても死なない。土が不要ということは軽いということ。きっと何かに有効利用できるはずだと思った。今から20年も前の話だ。
この発想が立って、環境緑化に貢献する、コケによる屋根やコンクリート壁面などの緑化システムを手がける(株)モス山形(山形市)を平成3年に誕生させた。ただコケの活用を思いついてから、その栽培方法を確立するまでに約5年かかった。コケは環境面に優れた特性を持つが、種苗生産に2年かかるなど商品ができるまで3年半も費やすという難しさもある。
「商品化まで長くかかるので当然、企業経営の面では難しい面も出てくる」(山本氏)。だが、このハードルを乗り越えてチャレンジする。「今まで緑化ができなかった砂防ダム、擁壁、コンクリート面などの緑化が可能になる」など効果は極めて大きいと考えた。また大都市を緑化し、しかも断熱効果も発揮できるのは「コケが一番簡単な緑化の方法だ」と確信していた。
同社が生産・販売するコケ緑化資材は、高強度発泡スチロールとコケ植物を一体化した「コケボード」(商品名)と保水性のある繊維ボードと組み合わせた「コケマット」(同)がメーンだ。コケ植物も含めOEM(相手先商標による生産・販売)も手掛けるほどに成長した。
コケ緑化システムのパイオニアとして今や、国内シェアは90%以上を維持する。またコケの栽培は中山間地の耕作放棄農地を活用しており、これにより荒れ放題だった里地里山の復活と地元の中高齢者雇用にも力を尽くす。「もっといいものを作りもっとコストダウンしたい。」共感してくれるパートナーを探しながら夢はさらに膨らむ。環境に優しい緑化システムの開発はわが国にとって焦眉の急でもある。
資料出典: J-NET21
■ アイディア経営 - 松島での復興にかける 05
東日本大震災の津波で壊滅的な被害を受けた宮城県石巻市。この地に昭和55年、船舶売買と漁業権仲介を主な目的に産声をあげた会社が北日本海事(株)。代表取締役の阿部淳氏は以降、目を世界へ向け社是も「フロンティア・スピリット」と定めた。石巻を基盤として地域社会に根ざした事業を行いながら「石巻発、世界へ」をスローガンに飛躍を誓う。
その後の歩みは絵に描いたような多角化路線。不動産、建設、水産・商事、観光・サービス、葬祭、介護の各事業および保険代理店を手がける。平成22年11月に30周年を迎えたのを機に、純粋持ち株会社として(株)北日本海事ホールディングスを設立、中核的な役割を果たしてきた北日本海事(株)を(株)NOMCO&CO.と名称を変えて新たにスタートした。
だが順調な経営を、予期せぬ大震災が襲った。日本三景・松島の一等地に昨年10月にオープンしたばかりの「(株)松島十二支記念館 松島観光物産館」「(株)海鮮いちば」に津波が押し寄せたのだ。「さあこれから、と念願の松島への立地に大きな期待をかけていた」からショックは大きかった。しかも「松島から観光客が遠のいた」ダブルパンチを食ったのである。
被害は建物の1階部分に床上浸水し、建物、什器備品が破損、流失、商品も全損し、すべて廃棄処分となった。建物の衛生・空調設備、電気系統の被害も甚大に。こうした局面に単独での復興は難しいと感じた。そこで2年ほど前から商工会議所(同氏は石巻商工会議所副会頭)に来るパンフレットを通じて存在を知っていた中小機構に初めて相談を持ちかけた。
「事業の方向性を模索することで売り上げ回復を目指したい」と相談したところ、同機構東北支部は震災復興支援アドバイザーを派遣した。「パートを含め全社員からまずヒアリングし商品分析、社員のモチベーションの上げ方など微に入り細にわたりアドバイスを受けた。」現在も支援は続き売り上げが少しずつ回復し始めた。「まだ道半ばだが支援に感謝しつつがんばる」と同氏は復興へ向け先頭に立つ。
資料出典: J-NET21
■ 封筒屋どっとこむ
本社を訪れると緑一色のビルが目に飛び込んでくる。創業時、辺り一面田畑で建物がなかった所に社屋を建てた。緑屋紙工(株)という社名はそんな状況を映した創業社長のこだわりであり、ビルの色も同様だ。今、同社は昭和37年(1962年)の創業から50年近く経て2代目社長が新たな挑戦を行っている。
社員約30人を率いる薮野浩明社長は33歳で社長に就任。現在、在任期間は約15年になる。同社は設立以来、大手封筒メーカーの下請けとして成長した。同社長の日課も就任当初は「朝起きて注文のファクスを見ること」だった。ところがこうした自分の姿を客観的に見ると「格好悪いし、寂しい自分が見えた」。それから何とか営業力をつけねばと自分に誓う。
同社は元々別注といわれる規格外のオリジナル封筒の製造・加工を得意とする。特に大手メーカーが手掛けにくい「窓」付きの、小ロットで手間暇かけた封筒づくりでノウハウを築く。今ではタガネ(型)を700種以上も保有し、貴重な財産になっている。ただ、これも景気低迷で帳票類の需要が減少、新たな発想が求められた。
そこで同社長は当時、業界には発想がほとんどなかったインターネット販売を思いつく。平成11年にまずドメインを取得、ネット開設の準備を重ねて平成19年に「封筒屋どっとこむ」を立ち上げた。このサイトの特徴は希望サイズ、窓の有無、紙の種類など手順に沿って入力するだけで、見た目を確認しながら封筒見積もりができること。反響は予想以上だった。
現在では従来の業務であるリアルの販売2に対しネット販売1の売り上げ比率に。ネット販売がまさに救世主になった格好だ。これに伴いネット販売部門を平成20年に分社化。社員に商品開発、営業意欲が以前より格段に高まった。新商品では斬新なデザインを施した「窓」を備えた封筒などが続々誕生。「今の姿の方が先行き明るいし、やっていて面白いし楽しい」と同社長。経営者としての真の力量発揮はむしろこれからだ。
資料出典: J-NET21
■ 2リットルの水で洗車 ~Quick Wash~ 04
マイカー保有者にとって “洗車”は面倒な仕事だ。が、きれい好きな日本人は、汚れた自家用車に乗ることには抵抗がある。このようなドライバーのニーズを確実にキャッチしたのが、クイックウォッシュ(株)(福岡市:高武純一社長)の洗車サービス「Quick Wash」だ。ユーザーがショッピングを楽しんでいる間に駐車場で洗車作業が完了。「時間」と「手間」をQuick Washが完全に代行する。
高武社長は、元々、建設業会社(水道工事)の2代目だった。厳しい状況の中で、このままではヴィジョンが持てないと、28歳で単身渡米。生活に密着した事業をやりたいと、一般家庭に寄宿しながらビジネスリサーチを行い、そこで、ショッピングセンターでの洗車サービスに出会った。
帰国後、洗車業界に勤務しながら200か所のガソリンスタンドをリサーチ。平成20年8月には洗車サービス業のクイックウォッシュ(株)を立ち上げた。かつての海外視察で、『水』の確保に追われる子供たちを目の当たりにした経験から、水を使わないで洗車ができないか?と、洗剤の開発も手がけ、化粧品からヒントを得た浸透性の良い高品質の洗剤(特許出願中)を開発した。
洗車で使用する水の量はおよそ200リットルという。Quick Washは、この洗剤により1台わずか2リットルの水で洗車を完了。水の消費量を100分の1に抑えただけでなく、100%天然素材由来の洗浄溶剤であることから、環境にも優しい洗車を実現させた。
平成22年からフランチャイズ事業を開始し、現在、11のFC店舗で洗車サービスを展開中である。平成23年6月には、「平成23年度九州アントレプレナー(起業家)大賞」も受賞した。環境に優しく、水資源の節約にも貢献することから、海外からのオファーも多いという。
高武社長の企業ビジョンは、「世界的企業となって、世界的貢献を行い、世界的歴史に残る企業となること」と壮大である。Quick Washは現在、洗車1台につき10円を、水環境事業基金への協力金として拠出しているという。企業規模の拡大は、利益を増やすための「目的」ではなく、新しい水の文化を創るための「手段」と高武社長は言い切る。
資料出典: J-NET21
■ 不可能を可能にする 03
目に見えないが「陰」で役に立っている「接着剤」。自動車、家電、建材など様々な業種に使われている。しかし、大手メーカーの間で、接着が難しい素材の「接合」という技術に困っていることを知り、新しい接着剤の開発に乗り出した。「当時、接着剤を真に大事だと思っている人は少なく、そこに私は商機を見つけた」。
こう振り返るのは(株)フロント研究所(大阪府東大阪市)の吉川進一社長。17年前、瞬間接着剤メーカーとして会社を立ち上げ、当時不可能だったウレタン接合技術を開発した。それ以来、ポリプロピレン(PP)や熱可塑性エラストマー(TPO)といった、従来の接着剤では接合が困難とか、不可能といわれていた素材を簡単に接合できる接着剤を次々に開発していった。
現在、成形時の熱を利用して樹脂同士の成形接着を行う成形用接着剤や表面処理を施さなくてもPPなどへの塗装・印刷が簡単にできる塗料・インク改質剤を開発、さらに用途開発を積極的に進めている。省エネやリサイクル性にも結びつくため大手企業が連日のように同社を訪問、大手自動車・家電メーカーなど約40社が取引相手に名を連ねる。
なぜ魅力があるのか。接合ができなかったら穴開け加工してネジで締めるなど労力、時間、固定費がかさみ、工程短縮、軽量化、コストダウンという流れに逆行するためだ。リサイクルも容易であり「これらすべてが弊社の接着剤でクリアできる」。だから「これをうまく活用すれば世界に勝てる企業になる」と語る。
開発の成功の秘訣を吉川社長は「意外性だ」と表現する。この意味は「他の接着剤メーカーは本に載っていないことは大体試さない。私はその逆で、本に載っている以外のことしか試さない」のだという。本来は技術者ではなく「考えるより行動するタイプ」と自らを称する。だが誰よりもこの分野では先を見ている、と周囲は評する。
中小機構近畿支部が運営する「クリエイション・コア東大阪」内の拠点で午前9時~午後5時の勤務時間を励行、終業後まっすぐ帰宅する生活を創業以来続ける「シンプルライフ」を実践中だ。
資料出典: J-NET21
■ おいしさにこだわる 02
これまで非常食といえば「乾パン」が通り相場。ところが平成7年の阪神・淡路大震災をきっかけに「アルファ米」が注目され始めた。何しろ種類が豊富なことと味の良さが受け、乾パンから切り替えて備蓄する企業や自治体が増えているという。
非常食アルファ米は一度炊いた米を乾燥させた食品。パッケージに熱湯を注げば15~20分で、摂氏15度の水でも60分で食べられる。常温で保存でき保証期間は5年間。宇宙航空研究開発機構(JAXA)から「宇宙日本食」の認証も受けた。これを手がける尾西食品(株)(東京)は今、東日本大震災でさらに需要が増え、被災者にも「おいしかった」と感謝されているという。
尾西洋次社長は「とにかくおいしいんです」と味に絶対的な自信とこだわりを持つ。元々は同社長の父親が昭和7年に製法を確立し海軍に納入していた軍用食糧だ。会社はその3年後の昭和10年に設立、戦後は非常食として販売した。米は地域一等米を使用、和風、洋風、おかゆなど12種類の味を用意している。
これは避難所などで食べる場合は同じ味では飽きてしまうためで、登山食や海外旅行に持って行くというファンも多いという。今回の東日本大震災では主力工場の宮城工場(大崎市)が被災し「初めて被災者の立場になった」(同)。同社も昨年3月末に地方自治体や企業に納入予定だった約80万食を被災地に提供した。
幸い、主力工場は電気が別系統で来ていたことや揺れが小さい地盤だったという幸運が重なり被害は軽微で、すぐ生産を再開できた。工場職員とその家族は被災しながらも生産とアルファ米の配布に追われ、震災から1カ月以上、同社のアルファ米を食べて乗り切ったという。
順風満帆なように見えるが実は10年ほど前には経営危機に陥り、その後外部から役員を招き入れ再建を遂げた経緯がある。その時この会社に協力しようと周りに思わせたものは「味」だった。五目ごはん、白飯、わかめご飯…。本当の「おいしさ」が非常食大手への道を切り拓いた。
資料出典: J-NET21
■ 特殊用途を狙う 01
日昭工業(株)(東京・青梅市)がトランス製造を始めたのは昭和42年。いわゆる「ガチャ万」と呼ばれる、機織り屋がガチャンと一織りするたびに万円単位の額が儲かると例えられるような、繊維の好景気が終わりを告げた時代だ。先代社長は織物からトランスへの転身を決断した。高度成長期で電化が進み、電源回路に必ず使われるトランスの需要が拡大していたのを見越した判断だった。
久保寛一社長は今、鉄道車両向けの特殊トランス製造を主力に、産業機械や電気設備など多品種少量のトランスに特化している。リーマンショック後の平成21年度は売り上げが半減したもののその後2年間は、新興国の交通インフラ整備の波に乗り順調に業績を伸ばす。
トランスは装置の電力品質を決める重要部品。高電圧や高品質ニーズなど特殊用途は多い。だが機械でコイルを巻く汎用品と違って多品種少量品の生産自動化には手間がかかるため、大手企業は外注先を求めている。同社はここに的を絞った。「トランスを作れるのなら電源ユニットも、電源装置全体もできるだろう」と任される範囲は次第に広がった。
「必要な技術が増えるたびに、とにかく必死で勉強した」。配線、電気設計を学び、現在ではトランス製造と電源装置の組み立てが2本柱に。少量品をほぼすべて請け負うようになったころ、主要取引先のトランスメーカーが倒産、電機メーカーと直接取引するようになる。自ら営業し、市場調査するようになり、高い技術力が求められる鉄道車両のトランスに注力することになる。
同社製品の製造はほぼすべて、技術者が手作業で行う。だから「うちの資産は人材がすべて」とも。毎年社員一人当たり40万円を教育費として投資するほか、約60人の社員のうち12人を工場長候補として2週間おきに交代で工場長を経験させる。従業員全員の多能工化も進め部門間交流と頻繁なOJTを繰り返す。好調な経営を支える要因にこうした「人を育てる環境」も挙げられる。
資料出典: J-NET21
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![]() 安寧昇竜 今年は昨年の各種の問題が解決し、安心して日々を送れることを願って「安寧」を期待しています。 安寧だけではなく、常に成長できる世の中であることもねがい、辰年にあやかり「昇竜」という言葉を加えて、「安寧昇竜」という言葉にしました。 |